僕の出身は結構田舎の方だ。どういう所かっていうのを説明するのは難しいけど、家のすぐ近くに狸が出るっていえば分かってもらえるかもしれない。とにかく最寄駅は徒歩三十分で、電車は、……電化されていないから電車じゃないんだけど一時間おきにしか来ないような、まぁそんなところだ。
僕は、ここの中途半端な田舎っぽさが大嫌いだった。中途半端な田舎っぽさっていうのを別な言葉に置き換えると過干渉になる。地域的な人と人との係わり合い、つまり近所付き合いってのを否定するつもりはない。けど、何事にも程度ってものがある。それを過ぎているのに気付かないのだ。僕は、中学を卒業してすぐに寮に入ってここを離れることになるんだけど、その原因の一部は確実に周りの人の過干渉にあるし、僕の性格形成の一端を担っているのは間違いない。
今までのは、僕がいた"地区"での話なんだけど、すぐ隣の地区ではあまりそんなことは無かったような気がする。今考えると、僕がいた地区は山の裾に位置しているもんだから新しい家も建てにくくて、他の地区に較べると人の入れ替わりが少なかった。つまり、あそこは淀んだ場所だったのだろう。僕の持っている少ない情報では、最近家も増えてるみたいだし、もしかするとああいう風習も少なくなっているのかもしれない。
話は変わるけれど、僕が通っていた小学校は、最寄駅のすぐ近くにあって六年間もえっちらおっちら歩いて通っていた。そのまたすぐ近くに、公立の高校があって僕の同級生はかなりの確率でその高校を卒業してるし、僕も多分中学二年生ぐらいまではその高校に行くつもりでいた。その小学校までの通学路の途中に、祖父母の住んでいる家があって、これまた近くにある神社で夏祭りがあるときには必ず行っていた。でも僕が記憶しているそれは、夏祭りではない。でも、暑かったような気もするし、その内容から考えると盆の時期だったのだろう。
僕の家からその高校に行く為のショートカットというか、近道というか、裏道があるんだけど、そこに墓地があって僕の先祖の方々の何人かはそこで眠っているらしいのだ。そのときは夜が更けてだいぶ涼しくなった頃、といっても多分八時かそこらなんだろうけど、その墓地に行った。当然田舎のことだから街灯も少なくて暗いはずなんだけど、蝋燭なんかがついていて、もしかすると提灯なんかもあったかもしれない。で、線香をお供えして拝むわけだけれど、まぁここまでは普通の墓参りと変わらない。僕が奇異に感じたのは、この先である。墓石のあるその周りに、普段は使われることなく専ら運動会だけでその役目を果たしているようなレジャーシートを敷いて、まるで花見の時みたいに食事というか、飲み会を始めたのだった。周りにも結構多くの人がいて、墓地だからそんなに広いわけでもなくて、30cm先には他の墓の人たちが酒を酌み交わしているのだ。僕はちょっと、本当にほんのちょっとだけ怖かったけど、赤と青と白のストライプのレジャーシートの上でおにぎりを食べていたような気がする。
そのときの僕は、少し変わっているなと思っただけのような気がする。気がするというか、最近ふとした拍子に、そう、その思い出した原因みたいなものも忘れてしまったふとしたきっかけで思い出しただけなので、今でもあやふやな記憶しかない。ただ、暗かったのか明るかったのかよく分からない、なにか独特の空気というか雰囲気みたいなものがあったのは覚えている。で、これはさっき思いついたんだけど、もしかするとその墓に入っているはずの人の何人かはそこに帰ってきていたのかもしれない。もちろんそんなことはありえないけど、そういう想いみたいなものがあったんじゃないかということをその風景を思い出した時に感じた。
僕の話はここで終りである。なんだかまとまってないけど、僕がそういうところで育ってそういう体験をしたというただそれだけの話だと思ってほしい。
B地区をこりこりまで読んだ。
うちの実家の集落の墓地は非常に眺めの良い場所にある。 集落全体をほぼ見渡せる上に、地元の人間なら毎日見ている畑、海や向こうの島、行く船、夕陽の見える、そんな所。 墓地は段...