「この企画は間違いなく失敗すると思う。」
「日本代表は予選で負けると思う。」
これらの「予想」を口にすると何故か猛烈に噛み付いて批判してくる人がいるのに閉口してしまい軽々しく自分の考えを表明できません。
私は面白いものは売れてほしいと思いますし、名プレーヤーには第一線で末永く活躍してほしいですし、日本代表には世界の強豪を相手に互角で張り合ってほしいと思っているから「でも勝負の世界は厳しい」という現実的観点から言っているだけなのに、まるで私が「とっととポシャれ」「いい加減引退しろ」「日本負けろ」と言ってもいない事を心底願っているかのように捉えられてしまう理由がさっぱり理解できないのです。「予想」が「願望」と同義と教育されたとも、「口にした事が現実になる」というオカルトを信じている人でもなさそうなのに。
ネガティブな事は聞きたくもないので口にするな、というだけの事でしょうか。これが空気というものなのでしょうか。
自分の感想・自分の意見を過度に一般化して書いてたりしないでしょうか。
そりゃお前がそう思ってるだけだろ、とか言われるのであれば、あくまでも自分の思ったことであるというのを強調して書くのがいいかもしれませんね。
当然、「予想」なので一般化してます。それは単なる自分の思った事ではないというスタンスです。あと人間の心理として「贔屓にしている事物の実力は過大評価してしてしまう」傾向にある事は始めに主張しておきたい。「願望」は「現実」を見る目を曇らせ「予想」を外してしまう原因になると考えています。そこを理解してもらえず、ましてや自分が憎むべき「願望」に囚われていると誤解され「死ね」「最低」などど罵倒されてしまう事に心を痛めているというのが正直なところです。私は私の予想通りに「なってほしい」と「願った」事は一度もありませんし、今後も無いと思います。
はてなの人でどうやら板の概念を理解している人はいないようだから相場性とかないんじゃないかなとか思う。
http://anond.hatelabo.jp/20070513194422
アメリカでjkondoとそのお仲間が何を仕掛けようとしているのかさっぱり見えない。
さーーーーっぱり見えない。
そももそwebなのかな?
はてなの社内に居心地のいいベットをつくるんだ!とか言って、家具をつくってたりして。
それはそれで許す。
教えてえろいひと!
こないだと言ってることが違う、というのと、今言ってることが間違ってる、というのはイコールじゃない。
そこを忘れてダブスタ批判して勝った気でいるのを見るのはなんというかわびしい。
世の中ダブスタばっかだもんね。
ダブスタが許せなくてすぐに殴ったりしてた。
そしたらみんな言行一致させるようになったけど、やっぱ我慢しなくちゃいけないのかな。
ダブスタした人がすぐに殺されるような、そんな世界にならないかな。
こんな世の中嫌だな。
じゃあこの時間だけでもパパになってください。
変に嫉妬してる人が多いな。
黄金卵は受け入れられない人もいるからねえ