2007-02-13

幸不幸。不幸幸。幸幸幸。

1

僕は彼女幸せにしてあげたかった。不幸しかなかった彼女人生を。本当の幸せにしてあげたかった。

2

先月の17日。殺人事件が起きた。ある女性が交際中の同じ会社に勤めている男性を殺害するといった、平凡な事件であるように見えたので、話題にもならなかった。しかし、彼女が彼を殺害した理由が奇妙なものであったので、にわかに話題となった。その理由とは、彼が私を幸せにしようとしたから…

3

上から言われて、先月起きた殺人事件を取材することになった。なんでも彼が私を幸せにしようとしたから殺したそうだ。この仕事をして7年経つがそんな動機は聞いたことがなかった。幸せにしようとしてくれるなんて、ありがたいことじゃないか。日頃から何を考えているかわからない彼氏のことを思い出し、私はついぼやいてしまった。本当に何を考えるんだか。彼も彼女も。

彼女が勤めていた職場へと行く。昼休みなので様々な会社員が昼食へと向かっている。彼女会社制服は調べてあったので同僚はすぐに見つけることができた。結果は3日間で、何人かには断られたが、計11人に話を聞くことができた。彼の評判はとても良かった。女性慣れしているようで、どの女性も彼に好感を抱いていた。それと同時に男性にも人気があったそうだ。つまり女性にもモテるが、男性にもモテる、気のいい、明るい、優しい、楽しい、素直で、そして率直な人物だったらしい。完璧じゃないか。そんな奴いるのか?って思えるくらいに。そんな彼が幸せにしようとしたという彼女はどうかというと、どうもよくわからなかった。確かに綺麗な子ではあったそうだけど、誰とも深く関わりあわなかったらしく、誰も詳しくは知らなかった。曰く、綺麗だけど何を考えてるかわからない、綺麗だけど近寄りがたい、綺麗だけどどこか不気味、だそうだ。どれだけ綺麗なんだか。そして何だか私とは合わなさそう、というよりも、あまり好きじゃないタイプ女性のようだ。

彼の家族構成は父、母、彼とごく普通だが、家は普通ではなかった。世田谷にだだっ広い家を持つ、裕福な家であった。彼の父は私でも名前を知ってる会社取締役で、忙しいらしく話は聞けなかった。同様に、母親もひどい落ち込みようらしく、話を聞くことはできなかった。

一方、彼女家族構成は父、母、彼女普通であったが、両親ともすでに他界していて、話は聞けなかった。そして、彼女の昔について知る人の話によると、彼女の家も普通ではなかったらしい。彼とは違って悪いほうに。高校生のときに両親が他界したらしいのだけど(その後は人格者で面倒見の良い叔父の家で育てられたらしい)、アル中の父親に虐待・暴行は勿論のこと、売春婦である母親の男にも暴行、そして男を取られたと勘違いした母親にも暴行され…そんな類の話が五万とあるらしい。どうして彼女をよく知る人がそれ程までに知っているのかというと、彼女にそのことを尋ねたら、彼女が話したからだそうだ。何の躊躇いも途惑いもなく、流々、淡々、滔々と。それを聞いていて悲しく、そして恐ろしくなったその人が、彼女にどうしてそんなに何事もなかったかのように言えるの?と聞くと、彼女はきょとんとして、そして、どうして何事かあったように言わなくてはいけないの?と聞き返したらしい。

彼女がよくわからない。彼女の境遇と、淡々とした語り口は多重人格のそれに似ている。多重人格人間は今辛い思いをしているのは自分ではないと思うことで新たな人格を作り出すそうだ。しかし、彼女はそんな症状はなかったらしい。それにもかかわらず、自らの過去淡々と話す彼女彼女は何を考えているのだろう。そして何を考え彼を殺したのだろう。彼女のことを理解できる日は来るのだろうか。そんなことを考えてると視線を感じたので横を見てみると彼氏が私のことをじっと見ていた。私は息を吐き、「何してるの?」と彼に聞くと「君を見てるの。」と真顔で答えられた。また息を吐く。そして、ふと、同じように何を考えているのかわからない彼氏に聞いてみよう、と思ったので、

「ねえ、何を考えてるの?」と尋ねてみた。すると、

「君のこと。」と笑顔で答えられた。理解できる日は来ない気がした。

翌日、彼女からの手紙が届いた。確かに彼女を取材することが決まった日に、いろいろな質問を書いた手紙を送ったが、ダメ元というか半ば事務的に送っただけであった。だから、まさか返事が来るとは思ってもみなかったので、とても驚いた。ドキドキしながら手紙を開けた。高校大学合格通知を開けるときのように緊張した。質問は以前の私が書いた質問であったので、的はずれなものや、ずれているものもあったが、それにも彼女は丁寧に返答してくれていた。以前の私ならそれでも理解できないだろうが、取材して彼女の生い立ち、境遇、現在の生活を知っている今の私なら朧気ながらに理解できる気はする。理解できる気はするのだが…やはり理解はできない。というよりも、したくなかった。

4

拘置所の生活は悪くなかった。いや、以前の生活と比べると当然良くはなかったけれど、でも私にはそれが良かった。そんなある日、私に手紙が来た。記者の人かららしい。どうやらいろいろと聞きたいことがあるらしく、質問が箇条書きにされていた。聞きたいとのことなので、私は答えることにした。

彼を殺した理由は嫌いだったからとか、憎かったからだとかではない。むしろ大好きだったし、愛していた。でも、彼は私を幸せにしようとしたから、私は彼を殺した。最初に刑事さんに言ってから何度も、何十度も聞き返されたから、多分ここが理解できないのだろうと、私と人の違う所なのだろうと、思うのだけれど、でもやはり私にはそれがどうしても理解できない。だって幸せになったら不幸になるけど、不幸ならば不幸にはならない。それが当たり前のことに思えるから。だから彼を殺して私は不幸になった。ふかふかの布団や、美味しい食事はなくなったし、それに何より愛すべき彼を失った。でも、今、私はとても幸せだ。幸せでないから幸せだ。不幸だから幸せだ。でも、不幸せでないから不幸せで、幸福だから不幸せでもある。そういった気持ちもあるけれど、少なくとも後10年は、もし幸福なことがあるならば、死刑判決されたならば、残る私の人生全ては、幸せだから、この先あるかもしれない不幸より、今現在幸せを噛み締めることにしようと思う。そして改めて思うのだ。私はとても幸せだ。幸せでないから幸せだ。不幸だから幸せだ。

記者さんが理解できるかはわからないけど、私は私の真実を書いて送った。そして、今の幸せを噛み締める。ざらざらと。じゃりじゃりと。

5

彼女にはもう手遅れだったのだ。手遅れな彼女には、彼の与える本当の幸せは恐ろしすぎた、おぞましすぎた。それが本当の幸せだというのならば、今までの彼女人生は何だったというのか。彼女が何人もの彼女を殺しても、それでも足りない彼女人生は。だから、彼女は彼を、幸せを殺すしかなかったんだろう。自らの幸せを、不幸を、守るために。本当にそうかはわからない。でも、私は、そのように思った。

しかし、本当の幸せとは何だろう。それは人それぞれではないのだろうか。ならば現在彼女が感じている幸せも、歪んではいるが、本当の幸せであるし、彼女幸せにしたいという思いが彼の幸せであったとするならば、彼も彼女幸せとは言えないだろうか。いや、無理があるのはわかっている。しかし、そうとでも思わなければやりきれないではないか。難しい顔をして考えてると、またもや視線を感じたので、見やると彼がまた私を見ていたので、私は彼に、

「あなたの幸せって何?」と尋ねた。すると、彼は、

「君といて、君と幸せになることかな。」と答え、

「君は今は幸せ?」と聞いてきた。私は少し考える振りをしながら、息を整えて平静を装い、

「うん。」と答えた。照れすぎて心臓バクバクいってるので平静を装えたのかはわからないけど。

「あなたは?あなたは今幸せなの?」と聞くと、こいつはノータイムで、私があんな思いをして答えたのに!、あっさりと答えた。

「うん。幸せだよ。僕が幸せで君も幸せ。だからとっても幸せ。」

聞いてるだけで顔が真っ赤になる。「どうしたのー?顔真っ赤だよー。」とからかってくる彼から逃れるために、「うるさい!もう風呂に入るからどいて!」と、少し早い風呂に入ることにした。後ろから「今日はずいぶん早いんだねー。」と笑う声が聞こえたので、仕返しノートに正の字を一つ増やしておこう。今まで仕返しらしい仕返しができたことはないけれど。

入る前からゆだっている頭と真っ赤な顔を冷やすために少し冷ためのシャワーに濡れる。頭も顔も冷えていくのが心地よい。大分元通りに戻ったのでシャワーを止めて、そして、彼女のこと、彼女彼氏のこと、そして私の彼氏のことを考える。先ほど考えたことも含めて、ぐるぐると堂々巡りしたが、先ほどとは一つだけ違う、そして私だけの答えが見つかった。私はそれに従って生きて、そして幸せになろう。私が幸せだと自分も幸せだと言ってくれた彼のために。そしてそんな彼と同じく彼が幸せだと幸せな私のために。二人で、一緒に、生きて、幸せに、とても幸せになろう。

そのためにも、まずは、また真っ赤になってしまった顔を冷やすために、また少し冷たいシャワーを出した。

  • 長い。

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