客先で、そうさらっと言われて、一瞬首をかしげた。
彼、最近聞かないね」
忘れてた。
この客からは数ヶ月前、クレームを受けたんだった。
よくある事だ。
電話の基本ができていない。
内容が正確に伝えられない。
電話の向こうに、頭を下げたんだった。
「まだまだ勉強中なので、ご迷惑をおかけします。
私がきちんと対応しますので、伝言代わりだと思って、お願いします。」
声のトーンがやっと静かになってこう言われた。
「お互いに若い人には苦労するね。
君が引き続き対応してくれるなら、安心した。
本当は彼には電話に出てほしくないんだが、仕方がない。
よく、勉強するように伝えておいてくれ」
配属を変えられた人間だから、けして若くはない。
(そういう人だったし、配属を変えられた人間はそうなってしまうのだと思う)
それなのに、ほかの職場の都合を、しかも客という立場なのに、そう言ってもらえて、
何度も頭を下げた事を、情けないことにようやく思い出した。
クレームになるまでの数カ月。
クレームを受けてからの数カ月。
客に我慢をしてもらっていたのだ。
そう、彼はもういない。
結局、仕事を覚えることもなく、まともに電話を受ける事もできないまま
また他の部に異動になった。
仕事はできないままだったが、古い体質の会社だからか、上司と懇親にしているだけで転々としているらしい。
顔が赤くなるより青くなった。
俺がこの客先に来たのは、もう何年も前になる。
前任者と比較され、話にならない、帰れ!と言われて、それでも必死に勉強して、食い下がった。
責任感が薄い前任者が投げ出すように任されたプロジェクトのサポートを、何の資料もないまま調べていくうちに、
俺に今更業務フローから(不機嫌にだが)教えてくれたのが、今の客だ。
半年くらいかかっただろうか。
ようやく話ができるようになった俺に、
「君が来てくれるなら安心だ」
そう、言ってくれた客だった。
社内では、仕事をしない彼が他部署に異動になって、正直ホっとした空気が流れていた。
俺も、そう思っていた。
恥ずかしかった。
無性に恥ずかしくて、情けなかった。
「また来てくれな」
客先の正門まで見送ってくれた客に、何度も頭を下げた。
だが、また異動はあるかもしれない。
彼が、移動先での仕事ができないと言い出し、またこちらの部署に戻す、という噂も聞いた。
どうなるか、何ができるかは分からないけれど、
「育てる」「続ける」ことに情熱を持てる事が、今ではどれだけ貴重なのか
忘れちゃいけないと思った。