2008-09-13

最近ホッテントリはてブコメ群を見る度に、自分には余裕がないのだろうかと不安になる。

エントリを読んでこれはダメだろう!とかこんなん書いていいのかよ!と自分の感想を持ち、ポチっとはてなバーをクリックしてブコメを見ると、自分が抱いていた怒りや居心地の悪さなどに誰も言及せず、そこそこ和やかな空気が漂っていたりする。

以前はこんなことはなかった。自分の感想は平均的には、ブコメ群と一致していた。今思うと、そこには自分の中の常識感覚はてなブックマーカーの皆さん(もしくは世の中の皆さん)と一致しているという、そういう安心感があったのかもしれない。

今はない。齟齬がある。なんか焦る。なんか実生活の余裕のなさが、そういう所で表れているような気がする。

まぁ九月なのに未だ就活してない大学四年なんで当たり前なんですけど。ぐああネットやってる場合じゃねぇですよね?

追記

ブクマトラバをしてくれた皆さん、どうもありがとうございます。まさか自分がホッテントリ入りするとはついぞ思わず……。戸惑いつつも、そこはかとなく夢見ていたホッテントリ入りを果たしたことに、ちょっと感動もしています。

そして数々のはてブコメありがとうございました。自分はエントリに対して意見感想を出すことはあっても、自分の意見に対して様々な意見をもらうということがネット上ではほぼなかったので、思いも寄らぬ視点からの意見をもらうということがすごく新鮮です。

それで皆さんの意見を受けて色々と考えてみたんですけど、やっぱり空気を読めないことに対する恐怖があったのかもしれません。(と、いうかおまえはそんなこともわからないで書いてたのかとお叱りを受けそうなんですが。)

自分は基本的には楽天的でぼへっとしていて、空気を読まない行動をしてもなんとかなるさ、みたいな性格なのです。例えばブコメで一連の流れの中であえて「でも、これって○○なんじゃね?」と指摘するみたいなことをするとか。でもそれは、場の共通理解としての空気を読んだ上であえて場から一歩外れた行動をとるということであって、前提としては空気が読めているという安心感があったからこそできていたことかもしれません。自分がこのエントリで言いたかったのは、前提としての空気を読みとるということでさえできないくらい余裕がなくなっているのではないか、ということで、そして自分は空気が読めてないという結論に至ることが怖い、ということだったのだと思います。

長文になってわかりにくくなってしまい、というか上記のエントリでは自分の言いたいこともわかってなかったのかとお叱りを受けそうですが、自分のもやもやした感覚をハッキリとした言葉にできたのは皆さんのお陰です。至らない自分に声をかけてくださり、ありがとうございました!そしてこれからはブコメを恐れない人間になります!余裕がなくても容赦呵責ないブコメができるような人間に!YATTA!

というわけで就活を頑張ります。

それでは。繰り返しになりますが、ありがとうございました。

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