いますね、そーゆー人。ダメな現場ではよく見ます。
ゲームっていうのは、あるルールを設定して、その制限のなかで遊ばせるというのが肝なので、ゲームを作るってのは「不自由を作る」こと。これを分かった上で「自由度を上げる」のはチャレンジだけど、なんも考えずに「自由」にするのは、ルールを作ることを放棄してるだけ。
優秀なゲームの作り手は、不自由なルールを作った上で、プレイヤーの工夫とか想像の余地を許す。ただこれはとても難しいことで、ともすればキジューみたいなゲームやUCGOみたいなゲームになっちゃったりする。
どうでもいいけど、あるゲーム会社のトップが雑談の時に「正直、僕にはどんなソフトが売れるのか皆目見当がつかない。ほとんどバクチだ」といってて、経営者としてはとてもまっとうな感性だな、と思った。その会社、下の人たちはすごく士気が下がってるのが残念でならない。バクチをバクチであると分かって、ゲーム作りにチャレンジさせてくれるところはまだ幸せなんだよ? 株価をいかにあげるかだけに注力してるトップの下で、平面的な流行だけ追わされる「ゲームみたいなもの」を作らされる地獄だってあるんだから。
ちょう昔に俺が書いたこのエントリをageてみる http://anond.hatelabo.jp/20061113210425