「メーテルリンク」を含む日記 RSS

はてなキーワード: メーテルリンクとは

2008-05-08

童話作者モーリスメーテルリンクは幼い頃から天文学に強い関心を持ち趣味天文観察や研究を行っていた。

著作の童話青い鳥の実は身近にあった幸せ青い鳥というのは、実は宇宙を飛ぶ青い地球を示唆した物である。

と言う嘘を真顔でついてみる。

2007-12-27

青い鳥は本当はどこにいたのか

メーテルリンクの「青い鳥」は、その結末がよく知られている。

チルチルとミチルは青い鳥を探して色んな国を旅するが、結局見つけられずに家に帰ってくる。すると、昔から飼っていたキジバト青い鳥へと姿を変える。

この結末について、「幸せは案外身近にある」と解釈する人が多い。それが一般的と言ってもいいかもしれない。

しかし、実はこの解釈は間違っている。いや、物語の解釈なんて読み手の自由だから正確には間違っているわけではないのだが、少なくともメーテルリンク意図とは異なる解釈である。

では、メーテルリンクはこの結末にどん意味を込めたのか。

実は、チルチルとミチルが旅に出る前、飼っていたキジバトはただのキジバトでしかなくて、決して青い鳥ではなかった。チルチルとミチルが「青い鳥であることに気付かなかった」のではなくて、本当に青い鳥ではないただのキジバトだった。つまり、「キジバト青い鳥だった」のではなくて、「キジバト青い鳥になった」が正しいのだ。

では何故キジバト青い鳥に「変わった」のか。そこにこそメーテルリンクメッセージがある。

メーテルリンクによれば、「幸せ」はただ待っていても手に入らないものである。それを求め、努力することで初めて手に入る。

チルチルとミチルは、青い鳥を探して旅に出た。そして色々な国を巡り、色々なものを見、聞き、知った。幸せを求めて苦難の道を歩んだ。そうした旅を終えることで、初めてチルチルとミチルは青い鳥を見つけられるようになったのだ。

たとえば、チルチルとミチルが旅に出ず、キジバトを丹念に調べたとして、それが青い鳥になることは無い。キジバトは、チルチルとミチルが旅をしたことで青い鳥へと「変わった」のだ。

青い鳥は、旅が終わるまでどこにもいなかったのである。

幸せ」は決して「気付かないだけで身近にある」のではない。身近だろうが遠くだろうが、「旅をしなければ手に入らない」ものなのだ。

2007-05-06

Re: 名前をつけてあげてくださいorリストアップしてください

( ´・ω・`)っ「銀河鉄道切符

元ネタ:「銀河鉄道の夜宮沢賢治

銀河鉄道の夜」には色々なバージョンがあるのだが、最後「銀河鉄道」の夢から覚めたジョバンニの手に、夢の中の列車切符が残っているというバージョンがある。ファンタジーファンタジーに終わらせず現実へとつなげていく……というパターンを創造したという意味では、日本の作品の中ではおさえておくべき原点の一つのような気がする。ちなみに、「夢かと思っていたら、その夢は実は現実と地続きだった」という、またの名を「終わらない悪夢パターンの話は、たとえばメーテルリンクの「青い鳥」や、J・M・バリーの「ピーターパン」なんかも入るかも。ただしこれらの場合「アイテム」は必ずしも存在しない。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん