好きなバンドの友達経由で、知り合った年下の南ちゃん(仮名)。最初は友達の友達として、付き合っていたけれども、同じ沿線という理由で、ふたりで会うようになった。2年以上の付き合い、互いの悩みも相談する関係になった。そして知ったのは、彼女が心療系の病気を患っているという事。
南ちゃんは優しすぎる性格だから、ファン友の相談やもめ事にも率先して解決していたけれども、ある日金銭トラブルを抱えたふたりに巻き込まれ、救急車で運ばれ、緊急入院した。この時、彼女は傷つきやすいんだと、知った。
それからは、彼女の前では笑顔で、悩み事も軽い物しか相談しないようになった。それは私なりの配慮、だった。
3月、南ちゃんの誕生日パーティーに呼ばれた。会場は、彼女の住んでる街の居酒屋。彼女のお母さん、前述のバンドで知り合った共通の友人、高校の同級生と先輩が来て、お祝いをした。彼女がトイレに行った時、酔っぱらった彼女のお母さんが私に行った。
「あの子は小学校も中学校も殆ど行かなくて。夜間高校に通うようになって、数人友達が出来たけど、バンドを好きになるまでは仕事が休みでも出歩かなかったし、笑ったり、色々話したりしなかった。だから、あの子の誕生日をこうやって祝ってくれる人が居るのが、とても嬉しい。佐伯(私・仮名)さん、ありがとうね。これからも南と仲良くしてあげてね」
お母さんは、泣きそうになりながらそう言った。私は年上として、彼女の誘いは月に1度は聞き入れるようにしようと、決めた。
先日、南ちゃんからメールが来た。「今度の土曜日、我が家で夕飯食べませんか?お母さんが腕によりを掛けるそうなので…是非来てください」年下と思えない、丁寧な文章のメールだった。私は暇だったから、快諾した。
そして昨日、初めて南ちゃんの家に行った。実家住まいなので、迷惑を掛けちゃマズイと思ったし、お父さんに初めて会うから、それなりにいい服を着て、お土産片手に行った。
「ちょっと散らかってますけど…」と、言われた。「私もひとり暮らしだから、凄い散らかってるよ」と、笑顔で返した。
だが、南ちゃんの家はちょっと散らかってるレベルの物ではなかった。
玄関のドアを開けて、家に入ろうとした瞬間、足下に落ちていた焼き魚(直)と、何か分からない肉片が彼方此方にあって、足の踏み場もない玄関だった。「猫が3匹いますんで…」私は何も言い返せなかった。
それから、埃やゴミが隅っこに山のように溜まっている廊下を通り、リビングダイニングへ行った。やはり隅には山積みの埃と、ゴミ。テレビ台にも埃が山盛り。足下には何か分からない塊が彼方此方に落ちている。コバエがかなり飛んでいて、山奥の一軒家みたいだ…と、思う位だった。「好きな所に座ってください」ソファも座れる場所がない位、物が乗っていたので、ダイニングテーブルのチェアに座った。
テーブルの上には、山積みのチラシや要冷蔵のソースやケチャップ、洗っていないコップ、領収書や手紙。チェアに座って、数分。お尻が痒くなってきた…。
私は傷付けたらマズイと、一緒に見ていたテレビを話題にしたり、新曲がどんなのがいいか話し合ったりして、時間をやり過ごした。
夕飯は餃子だった。山積みの物でいっぱいのダイニングテーブルに、私と南ちゃん、そして彼女の両親と4人で食事になった。笑い話をしながら、お酒を呑みつつ、餃子のたれを作ろうと醤油を付け皿に斜めにした瞬間、醤油さしからドボッドボッと、ゴキブリが数匹出てきた。私はゴキブリが苦手なので、叫び声を上げたかったが、グッと我慢した。
餃子は食べられないな…と、お酒を呑んで話す事に夢中になっているフリをする事にした。暫くしたら、山積みのチラシの中から生きているゴキブリが出てきた。これは正しく叫び出したくなったが、やはり大人なので、我慢した。
でも、もっとびっくりしたのは、そんな醤油を普通に南ちゃん家族は気にもせず使っている事だった。腕も足も痒くなってきて、限界に近くなってきたので、電話がかかってきたフリが出来るフェイク着信を利用して、急用が出来てしまったフリをして帰ってきた。
今、私の両手、両足、それからお尻に赤い点がある。じんましんだ。薬はつけたが、未だ痒みが治まらない。
逃げ帰るようにしたのに、南ちゃんのお母さんは私を気に入ったらしく「また家に来てね、と、母が言ってますんで、今度は他の友達も誘ってカレーパーティーしましょう」と、いうメールが来た。
もう汚宅には行きたくないんですが。彼女に行きたくない理由を言える程、私は図太い神経を持っていません。それに私が言った一言で、彼女を傷付けてしまったら…と、思うと、恐くて下手な事も言えません。
散らかってるレベルは人それぞれなのは分かっていたけれども、許容範囲を遙かに超えた汚宅。あんな所に住んでて、よく病気にならないな…と、感心してしまった反面、はっきり断る方法を知らなければ大人とは言えないなと、思った。
なんて言えばいいのかな…。ま、暫くは忙しい…で、突き通そうかな。
醤油さしからドボッドボッと、ゴキブリが数匹出てきた。 どんだけ小さいゴキブリだよ。 それが「ゴキブリ」だと分からない大きさじゃね?