数か月前財布を落とした時に気づいた。以前までは失敗すれば全身が総毛立ち、それこそ顔面蒼白で冷や汗をかいていたものだが、あの時は全く何も感じなかった。あれ?ないぞ?と思った後、なんだか決められていたプログラムを実行するようにドラッグストアを出て(ちょうどその時ドラッグストアにいた)、財布を落とした人がそうするように下を見ながらポケットやカバンの中をまさぐっていた。行き来した道をきっかり三往復したところで思わず吹き出してしまった。
全く深刻さはどこからもわいてこなかった。
クレジットカードも銀行の通帳もキャッシュカードも定期も免許証も財布の中に入っていたにもかかわらず、だ。しかもその時携帯電話を持っていなかった。鍵も財布の中だったから、家の扉を開けるまでずいぶん手こずった。偶然幸いなことに緊急時のために名刺入れの中に入れていた給与振込口座のキャッシュカードとクレジットカードとピカピカの一万円札があったから当座のお金には困らなかったが、しかし重大事であることには変わりないのに全くどうしようとか困ったとか言う感覚がわきあがってこなかったのだ。ニヤニヤしながらもう一度行き来した道を往復して、暗闇に負けて交番の扉を叩いた。はたからみたらまるで取り乱しているようだと考えながら、心の中ではにやにやとし続けていた。
お巡りさんは親切だった。鍵を開ける業者も紹介してくれた(ただ、その番号はすでに変更されており使えなかった)。届いたらすぐに連絡してくれるといった。その足で駅にもいって、定期を財布ごと落としました、届いたら連絡をくださいと届け出た。駅員さんも親切だった。電話番号を控えて、届いたらすぐに連絡しますと熱っぽい口調で言ってくれた。
そのままぼんやりとしながら帰った。鍵業者が来るまで少し時間がかかったが、業者のお兄さんも親切だった。目にもとまらぬ速さで鍵を開け、にっこりと12000円になりますと笑った。去っていく諭吉と夏休みにさよならと手をふった。
それでもまだ深刻さは湧き上がってこなかった。
鍵がなかったので外側からチェーンをかけ、秘技で開ける数日を繰り返したあと、駅から連絡がきた。財布が届いたとのことだった。とりにいくとすべて無事のまま戻ってきた。家に帰り、数日かけて滞りなく処理を済ませ、それでもまだ、どこにも深刻さは湧き上がってこなかった。反省もあまりしなかった。後悔の念などあるはずがなかった。もうそれはぽっかりと、感情が抜け落ちたかのように何も感じなかった。汗をかくから夏が来たことを知ったことに気づかぬほど、何もかも感じなかった。暑さも涼しさもつらさも苦しさも喜びも悲しみも、恐怖も困惑もなにもかも、なかった。無だった。
毎日気持ちの悪いにやにやとした笑いを顔に張り付けて生きている。
財布を落とすよりずっと前から、感情をどこかに落としてきてしまったのだろう。だから毎日をただ踏みならして感情を探すたびにいつも同じ道を行き来している。にやにやしながら。
困ったことに紛失届は出せないし、届けてくれる人もいない。どうしたものかわからない。
http://anond.hatelabo.jp/20090908221148 嘘だあ。「うまいこと言いたい感情」は持ってるんじゃん。
「感情をうしなってしまったようだ」 この言葉には受け取り方が二つある。 1、本当に感情を失ってしまったようだ(推測) 2、あたかも感情を失ってしまったかのようだ(比喩) ...
http://anond.hatelabo.jp/20090908221148 自分も最近、トラブルが起こった時に慌てなくなっている。 昔の自分なら「やっべ、どうしよ!!!」となってオタオタするような事態に陥っても、 「あ...
持ち望んでいた変節が日常茶飯事のように処理されていく様にがっかりしなかった?
ちょっと待て。財布を落とすのがそんなに深刻な事なのか? むしろ、財布を落とした程度でそんなに慌てる方がおかしいでしょ。 キャッシュカードと通帳は暗証番号あるし、クレカは...