2009-08-17

 ばななは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の店長を除かなければならぬと決意した。ばななには経営がわからぬ。ばななは、村の物書きである。ほらを吹き、羊と遊んで暮して来た。けれどもサービスに対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ばななは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)の居酒屋にやって来た。ばななには父も、母も無い。女房も無い。一時帰国していた友だちと二人暮しだ。この友だちは、もう当分の間外国に住むことが決定していた。送別会もかねていたのである。ばななは、それゆえ、ビールやらおつまみやらを買いに、はるばる居酒屋にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それからヨーロッパみやげのデザートワインを開けた。コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。歩いているうちにばななは、居酒屋の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、居酒屋の暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、居酒屋全体が、やけに寂しい。のんきなばななも、だんだん不安になって来た。ちなみにお客さんは私たちしかいなかったし、閉店まであと二時間という感じであった。路で逢った若い衆をつかまえて、グラスをわけてくれる?いいときの日本は、夜でも皆が歌をうたって、賑やかであった筈(はず)だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて、気のいいバイト女の子に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。気のいいバイト女の子ビールグラスを余分に出してくれた。ばななは両手で気のいいバイト女の子のからだをゆすぶって質問を重ねた。気のいいバイト女の子は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

店長は、客を説教します。」

「なぜ説教するのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの客を説教したのか。」

「はい、こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。」

「おどろいた。店長は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。客を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、バイトの心をも、お疑いになり、御命令を拒めば説教にかけられて、叱られます。きょうは、六人叱られました。」

 聞いて、ばななは激怒した。「呆(あき)れた店長だ。生かして置けぬ。」

 ばななは、単純な男であった。それであまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。たちまち彼は、どう考えても年下の若者に捕縛された。調べられて、ばななの懐中からはデザートワインが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ばななは、店長の前に引き出された。

「このデザートワインで何をするつもりであったか。言え!」店長は静かに、けれども威厳を以(もっ)て問いつめた。ばかみたいにまじめな顔でだ。

「どうしてもだめでしょうか?いくらかお金もお支払いしますから……」とばななは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」店長は、憫笑(びんしょう)した。「仕方の無いやつじゃ。こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです。」

「いったい何のきりなのかよくわからない!」とばななは、いきり立って反駁(はんばく)した。「客の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。店長は、バイトの忠誠をさえ疑って居られる。」

「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。客の心は、あてにならない。場所はいいのにお客さんがつかない。信じては、ならぬ。」店長は落着いて呟(つぶや)き、ほっと溜息(ためいき)をついた。「わしだって、もうけを望んでいるのだが。」

「なんの為のもうけだ。自分の地位を守る為か。」こんどはばななが嘲笑した。「罪の無い客を説教して、何がもうけだ。」

「だまれ、下賤(げせん)の者。」店長は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに不況になってから、もっと自然食をうちだしたおつまみにしてみたって聞かぬぞ。」

「ああ、店長は悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼ)れているがよい。無難無難に中間を行こうとしてみんな失敗するのだ。ただ、――」と言いかけて、ばななは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。三日のうちに、私はちょっと異様な年齢層やルックスや話し方をする大勢のお客さんを連れて、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。」と店長は、嗄(しわが)れた声で低く笑った。「とんでもない嘘(うそ)を言うわい。逃がした客が帰って来るというのか。」

「そうです。帰って来るのです。」ばななは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。それが成功する人のつかみというものだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、ここに三十四歳の男の子がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 それを聞いて店長は、残虐な気持で、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。居酒屋土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻である。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの持ち込みは、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をおっしゃる。」

「はは。持ち込みが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

 ばななは口惜しく、地団駄(じだんだ)踏んだ。ものも言いたくなくなった。

 竹馬の友、三十四歳の男の子は、深夜、居酒屋に召された。店長の面前で、佳(よ)き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ばななは、友にいちおう事情を言った。人にはいろいろな事情があるものだ。三十四歳の男の子が「まあ、当然といえば当然か」とつぶやいたのが気になった。そうか、この世代はもうそういうことに慣れているんだなあ、と思ったのだ。みな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。初夏、満天の星である。

 というわけで、いつのまに東京居酒屋は役所になってしまったのだろう? と思いつつ、二度とは行かないということで、ばななたちには痛くもかゆくもなく丸く収まった問題だった。

 これが、ようするに、都会のチェーン店で起こっていることの縮図である。

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20090808

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html

  • ばななは走らんのかい!

  • はてなの連中はこういう悪趣味なネタが大好きだよな。 直接殴り合うこともせずに遠くから他人を嘲笑う。 死ねよクズども。

  • 走れメロス+よしもとばななの例のコラム、か。 最近ネットで流行って評価されてるモノって、とか「白いクスリ」とか「歌ってみた・踊ってみた系」とか「何かの曲+吉幾三」とか、...

    • まさか走れメロスを太宰が0から創作したと思っているんじゃなかろうね

      • それでも走れメロスはなんかの神話(だったっけ)を元に、何割かは自分で創作してるじゃない。 それと比べても最近のマッシュアップものってあまりに作品中の元ネタの成分が高すぎ...

        • お前には「コロンブスの卵」って言葉を贈りたい。むしろこの話をググってよめよ

        • まぁそのクオリティ未満なのに金とってるやつもいるわけで… あと芥川なんかは絶賛されてるけど今でいうノベライズ化したもののほうが評価が高かったわけで…

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    • 暇な人がいるもんだ。

    • 恋バナ好きなんやな

    • 俺の作り話が3つもランクインしてた

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      • 低能先生の俳句やポエムはどこに該当するの

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          • 反応してくれてありがとう。いや、うまくいくとは思っていなくて、散々叩かれたうえで改善を続ければ企画がいい方向に向かうかなと思ってたんだ。反応がまったくないのはさすがに...

        • 該当作なしってことだろ?無視するという反応があったジャン。

          • 反応ありがとう。 うーん、今回は投票され始めたのがだいぶ遅いから、該当作なしの部門が出てしまうかもね。もしそうなったら改めて策を考えてみるよ。 無視するという反応があ...

        • 死ねゴミ

        • 気付いたら期限過ぎてた。無念。

    • 脱糞増田もたのむ

    • ブックマーク数合計の伸びが大きくなってるのは「増田文学100選」 anond:20180617025544 がブクマを2600ほど集めたからなんだな。

    • ブックバカーが大漁に釣れとるなw 増田"文学"なんて読むくらいなら普通に読書しろよ

    • ググれカスの反対の言葉ってなんだろ? え、文学??

      • 「ググれカス」の反対の存在・・・それは、「教えてあげるおじさん」

    • 非常に味わい深い。 家でストロングゼロを飲みながら読むとより一層よい。

    • 盛夏の候、涼のお供に ランク タイトル ブクマ数 日付 カテゴリ 1 増田文学100選 3437 2018/06/17 02:57 おもしろ 2 アホの子教えるのは楽しかった 2046 2018/03/17...

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      • 毎回毎回ブクマが伸びるまでしつこく再投稿お疲れ様でーす

    • 年の瀬や 水の流れと 人の身は 明日待たるる 匿名ダイアリー ランク タイトル ブクマ数 日付 カテゴリ 1 増田文学100選 3435 2018/06/17 02:57 おもしろ 2 Wi-...

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        • とりあえず大企業に立ち向かう反体制っぽい空気に乗っかった意見に便乗することが正義っていうのが16年前のインターネットの流れだったよな それで行き当たりばったりに行動するう...

          • ゼロ年代半ばってネトウヨの勃興期やん。より正確に、その頃のはてなは反体制派だったと言い直すべきでは

    • なんでだろう、加齢のせいかなぁ 理想はhttps://anond.hatelabo.jp/20180617025544の人みたいなキレイな選定ができればいいのだけど。 能力が劣っている つらい とりあえず明らかな文学じゃない...

      • 増田文学とかキショイからやらんで良いぞ キショかったらエントリー消しましたわ

      • 大袈裟に言うと時代が変わったということ と 以前のように熱心に増田を発掘する人もいなくなった ことの影響でしょうか? 面白い増田があっても発掘されなければ、 だんだんと面白い...

      • 何年前から作ってたん?

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