「思い出の生徒か」 教授は自身の歴史を振り返っている様子だった。「たくさんの生徒を受け持ったけど、そう尋ねられて一番に思い浮かぶのはやはり彼かな」
「ほう」 数多くの優秀な存在を輩出した教授にそう言わしめる存在に私は興味を覚えた。「その彼とはいったいどんな生徒だったんですか?」
「優れた生徒でしたよ彼は」 教授は強調するように付け加えた。「とてもユニークだった」
「ユニーク、と言いますと?」
「そうだね」 教授はしばらく考えた。「そう。ある時、こんな課題を出したんだ。ある複雑な命題を証明するプログラムの記述課題。普通は証明に直接アタックする。つまり多方面からその証明を、手法の差はあるにしろ、直接証明しようとするんです」
「普通は、と仰いましたが、それ以外にやりようなんてないんじゃないでしょうか?直接証明に取り組むことすらできない落ちこぼれを除いては」
「そうでしょうな」 教授は面白そうに言った。「普通は、まさしくその通りです。生徒は二つに分けることができました。直接証明に取り組むのと、命題を理解できずに取り組むことすらできない落ちこぼれとの二種類に。そう。彼と出会うまではね」
「彼はどうだったんです?」
「最初はね」 教授は過ぎ去った時を懐かしむように言った。「彼のことを落ちこぼれだと思いました。それも飛びっきりのね。なぜなら彼ときたら、全く関係のない環境世界のプログラムを始めたんですよ」
「そう。水や植物や鳥や生き物を創ってるのを見た時はさすがの僕も魂消ましたよ。少なくとも自分の力で完成させるまでは口出しをしない。そう決めている僕でさえ口を出しそうになりました。そして彼は次にAIのプログラムに取りかかりました。そして彼は、環境世界にAIを入力し、マシンだけを動かし早々に帰ってしまいました」
「帰ってしまったんですか?課題に関係のない環境世界とAIだけしかやってないのに?」
「そう帰ってしまった。呆れてしまいましたよ。だから彼が一番に提出した時は信じることができませんでいた。なにせ課題に取り組んでるとすら思ってなかったんですからね。しかしレポートを見るとそれは確かに正解でした。つまりはこうです。彼はそれをAIにやらせていたのです。ただしAIと言っても課題をいとも簡単に証明できるAIなんて容易には組めません。だから彼は知性と好奇心を持つ2種類のAIを創りました。2種類のAIが接触するとそれらのパラメータを引き継いだAIが生まれます。AIには短い寿命があり、世代交代を繰り返しますが、情報は蓄積が可能なので、次世代でも利用することができます。彼がそのようにして創ったAIを最適な環境に入力した結果、AI達は進化を重ね、ついにはその好奇心と蓄積された情報により、命題を証明したのです。もちろん、AIに特別な指向性を持たせてはいませんでしたから、その証明だけがされたわけではありません。他にもユニークな成果がありましたね。中でもユニークだったのが、彼がAIにならって文学や芸術と呼んでいたものです」
「その彼の名前は?」
「YHWH」
あれ、これ俺が書いた覚えないぞw