何か作業に打ち込んでいると、エネルギー残量が緑から赤ゾーンに減っていたりする。精神的にも疲れが出てくることもある。
僕の閾値は24時間ぶっ通しあたり。「精神的に疲れたな」と感じ始める。
でも困ったことがある。
「僕、頑張ってるな。よしよし。」なんて自分を褒めれば、「疲れたな」と感じたときも少しは楽になったり、疲れがネガティブ思考に変化しにくくなる気がするんだけど・・・・それは長期的にみたときのデメリットが無視できない気がする。
「頑張ってる」という認識で楽になることで、自分で限界を作ってしまうような・・・。自分の努力量を評価しすぎてる気がする。
どこか本気で「ここまで頑張れば、もう頑張らなくてもいい」と拡大解釈してしまいそう。それで、自分の居心地のいい所に腰を下ろしたままになってしまう。
「問題解決」でも、「お仕事」でも。一週間のプロジェクトでも、数十年間に及ぶ取り込みでも。こういう「自分の居心地のいいところ」を見つけてしまうのが怖くていつも気がつくと赤点滅状態になるまでがんばっちゃうんだけど、どうやらこれはこれでよろしくない戦略っぽい。チャージするためのエネルギーすらなくなってしまうことがある。
でも、自分で自分の上限を設定するマネも、自分の視野を自分で狭めるようなこともしたくないんだよなあ・・・
上手い打開案を模索中。 みなさんはどうですか?
逆じゃない? 「頑張ってる」という認識で楽になることで、自分で限界を作ってしまうような・・・。 てことは、そこで線引きしなければ自分はもっとできるってことでいいのかな…...
>>効率や、身に付く度合いが悪くなって、それこそ視野が狭まってしまう<< ごもっともです。悪いコンディションで変なクセを覚えこんでしまうことも確実にある。 >>そこ...
単に仕事の成果を最大にしたいってのが目的なら、 このまま仕事続けた場合と、いったん休憩してからやり直す場合とで 成果がどれだけ違うかを理詰めで考えて、成果の多いほうを選べ...
ごもっともです。 このまま仕事続けた場合と、いったん休憩してからやり直す場合とで成果がどれだけ違うかを理詰めで考えて、成果の多いほうを選べばいい 休憩をどこでとるかの...
まあ「理詰めで考えて」って簡単に書いちゃったけど、 どっちのほうが成果があがるかを理詰めで判断するのは すごく難しいことだよね。 判断の材料として経験が絶対必要だし、その意...
ふと気づいたら充電するエネルギーもなくなってた!って痛い思いをした青二才なんで、まだまだ試行錯誤を繰り返さないといけないみたいです==; 大体バッテリーが赤になったらこ...