2008-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20081024034242

この国語曖昧さがむかつくんだよな。

数学なら答えが決まってるから正否があるけど、国語はなんでもありだからな。

世界観の中でならなんでも言える。

に対して

数学でも1 + 1 = 2 じゃないことだってあるでしょう?

2進数世界観の中なら上記の式は正しくないわけで。

しかし、こういう説明が出来てしまうのも国語曖昧さではあるな。難しいね。

と返せるのが国語です。

少し説明するね。

下の返答は、ざっと見ただけで以下のようなことに配慮して書かれていることが分かる。

 ・相手の思想バックボーン類推

 ・その相手に分かるような用語を選び

 ・断定を避けて相手の感情面に配慮し

 ・逃げ場を用意して譲歩を引き出す

もっと言えば、『相手の思想バックボーン類推し、その相手に分かるような用語を選』ぶためには、普段から様々なフィールドの「言語」に高い関心を払っておく必要がある。数学の話に乗れる、というだけでなく、『臨機応変に』『数学の話に乗れる』ことが重要

繰り返しになるが、こういうのを総合して国語という。たとえて言えばスポーツに似てる。たとえば、テニスでは「こう打ち返せば正解です」…とは教えないだろう。どんな態勢・状況でもきちんと打ち返せるように最低限の基本(漢字の読み書きみたいなもんだな)だけは教えるけど、実際の試合(読み)に入ったら、単純に「こう打ったから不正解」とは言えない。

そんな風だから、『正否とそれにたどり着く方法が明示できる教科』とは(教育の)方法論が異なるのは仕方ないさ。

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