えーっと、努力が定量化できる、という主旨の話ではまずない、(というかそんなことはまったく書いていない)ことにまず注意してほしい。
相手が1なのか4なのかなんなのか、見極める事が肝要、という話ではない。人間はおおまかにわければその4つに分けられ、確実にどのタイプも世に存在する、というのが肝要なわけだ。この意味が分かるだろうか。
寧ろ、君の言うように、そんなことは簡単に他人からは分からないからこそ、安易に「幸せな奴が幸せなのはお前らが努力したからじゃない、自惚れるな」と、2の人間に対するメッセージを全人間に送ることが危険だといっている。
幸せな奴が幸せなのは、実際努力したおかげであるパターンも、君たちにとってその事実は認めたくない事実なのかもしれないが、現実存在するのだ。それを無視して「努力したおかげとか自惚れるな」とか叫びだすのは幼稚すぎる行動ではないだろうか?要はそれだけの話だ。
どうして鎧を身にまとう事になったのかは人それぞれいろいろでしょう。それぞれが何らかの痛い思いをしてしまったから、防御しなければ生きてこれず、結果として分厚い鎧を身にま...
結果として分厚い鎧を身にまとってしまったのだとしたら、あまりその人を笑わないであげてほしい。余計に鎧をかぶってしまうよ。 そういう人を見て笑うことができるタイプの人は...
あなたが幸せだとしたら、それはあなたの努力ではなくて周りの環境と出会いが良かったからだと思います。自分の努力だと思うのはうぬぼれです。 それもまた極端であると思う。そ...
いや、僕が言いたいのは、「そんな区分は存在しない」です。誰にも判断できないそれは無いのと同義です。 4は居ない。誰にも判断付かないのだから。どんな他者からも認識できな...
物事が存在すると言う方が立証する責任がある。それが出来ないならないのだ。ネッシーは居ないのだ。