あー、もうぱっとしないしすべてがいやだしなんかほんとセンソウでもおこればいいのにというかほんとまじきつい。
だいがくをまともにそつぎょうさえすればなんかばっとするんじゃないかなとゆめみがちでいて、でもげんじつはだいがくをそつぎょうしたってぱっとするどころか、むしろよりどんよりなかんじになることは、さすがに3ねんにもなるとわかって、でもじゃあなにかどりょくをするかといえば……
いつだってそうだったなぁ。じぶんののうりょくいじょうのちいをもとめたくなるんだけど、でもよりのうりょくを高めるどりょくはできなくて、それでじぶんのののうりょくそうおうのところにいっては、つまらないなぁとぐちをたれる。だったらせめてちょうせんすればいいのに、臆病だからそれもできない
要するに「本当の自分」教というかな。何も考えずにただ今ある自分、そしてその自分がなっていく自分を自分であると認めれば、悩むことなんてないのに、「本当の自分はこんなんじゃない」と思いたがる。でもそのくせじゃあ自分を変えるって話になると、「変えたら本当の自分じゃなくなる」と思う
女の子に後ろからいきなり包丁で刺されたい、正面からいきなり刀でばっさりと切り捨てられたい、ピアノ線で首を括られたい、車に縄で括りつけられて引きづられたい、五寸釘で打ち付けられたい、空気を注射されたい、鉄パイプでぼっこぼこにされたい、髪の毛つかまれて水中に顔を突っ込まれたい
ほんと1日1回ヤンデレCDを聞かないともうそのまま今すぐ身の周りの大事な予定とかすべて捨ててどっかに放浪したくなる。
あーちきしょう、これでもう少し学がなければ前世のこととか守護霊さまの声とか聞こえるのに!
守護霊とか妄想でもいいから現れてよ!そして呟いてよ、私がずっとそばについているから、あなたはそのままでいい、何もしなくていい、それだけで十分なんだって!
24時間常に誰か一緒にいることなんてできやしない。恋人だ友達だなんだ言ったって、結局それはかりそめのものでしかない、「本当の友達」なんて馬鹿なことを考えてたら、友達なんて一生出来ない、そんなの分かってる、分かってるはずなのにー!
嫌ってくれるならまだ良い、一番怖いのが無関心。僕という存在は今ここに居る、ここに居るのに、もしかしたら僕のことを今誰も思っていてくれてないのかもしれない、僕は誰の心の中にも居ないのかもしれない
誰かに気にかけられたら、それだけで良い、それでいい、けど、誰にも気にかけられないとしたら、いくら金があったって、いくら長生きできたって、そんな人生に意味は・・・
好きな人の不幸を願うのはヤンデレの始まり
killing me softly(直訳的な意味で)
不安が次々と襲ってくる。もうだめぽ
自分も助けられない状態で人を愛したいとか人を助けたいとか寝言ぬかしてんじゃねぇよ糞が!
結局ね、あんた(=僕)は、あの子を愛しているわけじゃないんだよ、ただあの子に慰めてほしいだけなんだよ、「あなたはダメ人間だけど、私はあなたが好き」って承認してもらいたいんだ。ふざけんな、そんなの愛じゃない。
相手を助けたいって、それ以外の何も求めないのが愛なんだ。対価なんか求めるのは愛とは呼ばない。それは単なる風俗だ。キャバクラにでも行ってきやがれ!
はてな界隈でアイドルを気取っている連中を見ていて思うのは、「おまえらはもうアキハバラのこと忘れたんだなぁ」って
同じインターネット上で僕が居て、加藤君が居たってだけでこんなに気に病む僕がおかしいのかもしれないけど。でも、もしそういう風に「インターネットを共有していることなんかに何の意味もない」、と思ったら、インターネットは孤独の象徴でしかない
でも、僕だって時にはクネクネしてみるんだよ。してみるんだけど、やっぱりそれでも、クネクネしてるときは楽しいけど、クネクネが終わった後、どうせ僕のことなんか誰も考えてくれないって思うと、やっぱり寂しくて、楽しいことの後の寂しさだから余計苦しくて
こんなさみしがりやで不器用な僕ですけれど、ちょっとでもかわいそうだと思ったら、Twitterででも話しかけてみてください。おねがいします。