2008-07-01

反省

昨日は、サバイブSNSダメな理由。に便乗して、色々と文句を書いてしまいました。

反省しています。まだ手探り状態で、貧困者の意見も反映されていないでしょうから、

これからなんですよね。

貧困者は手を挙げるだけでも大変だと思います。少しでも、厳しい状態にあるなー、とか、

将来もしかしたら、貧困に陥るかもしれない。って不安がある人は、自分の意見を出して欲しいです。

というか、誰もが貧困に落ちる可能性があるんだから、ほとんどの人は無視出来ないことです。

・・・落ちたら、戻ってこれないかもしれませんよ?

って、脅してもしょうがいないので、僕の意見を少し。

努力するには原資がいる。ってエントリーがありましたが、努力も出来ない状態になってしまうことがあります。

貧困になると。判断能力はおろか、自分でも支離滅裂なことをしているとわかっても、それ以外に出来ない。

もがくことしか出来ない状態になったりします。傍から見れば、さぞ見苦しいでしょうね。

見苦しいけど、本人は必死だったりします。それしか手段がない(出来ない)のに、周りからは非難を受けます。

非難の声しか聞こえず、本人を支える人がいない。人と話して笑い合う時間もなければ、愚痴を聞いてもらう時間もない。

そもそもそんな相手もいない。本人との関係性のある者は、非難を与える存在でしかない。

これが”貧困”だと僕は定義してます。

この非難は必ずしも、非難ではないかもしれません。本人を考えている場合もあるでしょう。

だけども、その思いは本人には届かない。本人がその意図を読み取るだけの余裕も、判断能力もない。

こんな状態に陥ったら、ほとんどの場合、励まし言葉としての定型文や、よくある”お叱りの言葉”は通じません。

そんなことよりも、今本人が重要視していることよりも、もっとちょっとしたことが大事だったりします。

視野が狭くなっているので、道端に咲いている花が綺麗だとか、空が青くていいな、とか、そんなことにも

気付かない状態。

本人が忘れていることや、低く扱っていることを、気付かせてあげることが重要じゃないでしょうか。

努力をする原資って、そんな日常的なことから手に入るんじゃないでしょうか。

僕の経験談だと、

家事をしていると、心が洗われます。誰かのためでなく、自分のためにやるべきです。

行き着けの店の店員との、一言二言のお喋りが楽しみだったりします。

こんな小さなこと(と思っていた)でも、支えになります。

家事をすると、雑念が減り、楽になります。最初はお皿一枚から始めました。

出来ることから、ほんの少しでも、やること。そんなことすら、きっと忘れています。

努力するだけのエネルギーがないのに、自分の心を削ってまで、どうにかしようとする。

それも貧困者の特徴だと思います。

出来なくてもいい、でも少しでも出来たら、喜ぼう(自分を褒めよう)

そんな心の余裕を持たせてあげることが大切でしょう。

方法や、情報よりも、目の前にあるものの大切さを気付かせる。

そんなことが必要では?

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