このところ村上春樹の短編「駄目になった王国」を思い出す。今手元に本がないのでうろ覚えながらまとめると、大昔に主人公が出会った格好良い人物と何年もたってからたまたま出くわしたところ、端から見ると矮小な人物になってしまっていた、という話だったと思う。
「立派な王国が色あせていくのは、二流の共和国が崩壊する時よりずっと物哀しい」という一文でまとめられている。
自分は研究職についているのだが、学生時代に「この人は将来絶対に成功していくだろう」と思っていた先輩がことごとく「駄目な王国」になってしまっている。
学生時代に連続して一流紙に論文を発表していた人は、実に要領よくデータを出していた。彼は「なんでお前はこんなことができないの?」「だからお前は駄目なんだよ」と私を含む後輩によく言っていたものだった。しかし、卒業後好待遇で迎えられた職場ではほとんどまともに仕事をだせずにもう8年ぐらい過ぎている。
親しくしていたある先輩は学生時代に大きな仕事をあて意気揚々と留学していった。「このテーマは新しい」「絶対に当たる」彼が出て行く前には今後の展望を延々と聞かされた。5年が過ぎ、昨年ようやくマイナーな雑誌に論文が出たが、実に下らない論文だった。
学会全体で次世代のホープとみなされていた先輩は学内のスキャンダルに巻き込まれていて研究どころではない、と噂に聞いた。
彼らは自信に満ちあふれていた。それはまともな仕事ができない自分からするとまさに「立派な王国」だった。
彼らは先達者として、高見にたって、駄目な僕にアドバイスをくれたものだった。
そして、そのアドバイスを守った僕は、研究者としてささやかなものではあるけれどもそこそこの実績を積んでいけるようになった。