男はいい夢を見た。
妻が男の子を連れてくる夢だった。
そしてなぜかこれは正夢だ、という確信があった。
つまり子供が生まれるということ、夫婦とも高齢ではあったが、ありえないことではない。これまでずっと望んでいて叶えられなかったが、今回は何かが起こる胸騒ぎがしていた。正直なところ、年をとって二人だけで生きていくのには不安もあった。
それが、元気な男の子が生まれてくれれば老後は保証されるのだ。
思えば妻にも苦労をかけたものだ。こんな山奥で夫婦二人さびしく暮らして……。
その時、男は素晴らしいアイデアを思いついた。妻に何かプレゼントをあげよう。
もちろん欲しいものを買ってやるというわけにはいかないが、手先の器用な男は女房の喜ぶものを作ってあげればいい、と思ったのだ。
しかしこれまで何かを妻に贈ったということはなかったし、古い男である彼には何がいいのか分からなかった。こんな時はずばり本人に聞くしかない。
「私はとてもいい夢を見た。私たちに子供を授かる、という夢だ。正夢だと思うよ」
「まあ……」
妻は少し赤くなって俯いた。
「それでお前に何か贈物をしたいと思ってね。これまで苦労をかけた罪滅ぼしだ」
「そんなこと……。でもね、言われてみれば私もそんな気がしてきたわ。可愛い子供がここにやってくるような。……贈物? 何がいいかしら。考えたこともなかったわ。何も欲しいものなんてないわよ、あなたが一緒にいてくれれば。でももし、赤ん坊を授かるというのなら、そうねえ、洗濯が大変になるわ。洗濯が楽にできるようになればいいとずっと思っていたの」
妻に言われて男もハッと気付いた。
「それは気付かなかった。よし、さっそく何とか考えよう」
そういうと男はその日のうちに裏山から湧き水を樋で引いてきて、家の庭で洗濯ができるように洗い場をつくってやった。これで妻は川まで洗濯に行かないで済む。妻の喜ぶ姿に男の顔もほころんだ。
「それじゃあ、私は仕事に行ってくるよ」
「気をつけてくださいね、私は洗濯をしましょう」
そして、おじいさんは山に芝刈りに行き、おばあさんは川に洗濯に……行かずに庭で洗濯を始めた。
おばあさんが家で洗濯をしているちょうどその頃、裏の川を大きな桃がドンブラコドンブラコと、誰にも気付かれず、川下に流れていった。