2008-02-26

「もう何でもするなんて言わないよ絶対」

あれは中学校卒業して、初めて携帯電話を買って浮かれていた頃。同じクラスだった男子のAとメールやりとりをして、どういう流れか奴が「彼女できた」と打ち明け、私は「おめでとー」と言った。ちなみに私とAは別段仲が良かったわけでもなく、ただ私が男っぽい奴だったので、下ネタなんかは普通に話したし、お互い男友達みたいな感覚だったと思う。そういえば、中三のはじめの頃にはなぜか奴は私を「ボス」と呼んでいた。(由来は不明)

そんな距離感だったから奴に彼女がいることなんて周知のことだと思い、翌日奴と同じ部活でそこそこ仲の良かった友人に「Aの彼女ってどんな人だろうねー?」と尋ねたら、「え、Aって彼女いるの!?」と驚かれて、あ、あれ?知らなかったの?と私まで驚いた。Aは目立ちたがりでプライドが高く、またずっと彼女を欲しがってた節があるので、勝手に吹聴してると勘違いしていた。でも、恋人ができることを隠す理由が奴にあるとは思わなかったから、その時は大したことを言ったつもりはなかった。

けれど、数日後、Aから突然電話がきて事態は一転。電話に出るとAはひどく怒っていて「何で彼女ができたこと話したんだよ!?」と怒鳴られた。どうやら私が話した子が色んな人に言いふらしたらしい。

「ごめん。てっきり皆知ってると思ってたから…」

「んな皆になんて言ってねぇよ。勝手に思ってんなよ」

「……ごめん」

どうしてそんなにAが彼女ができたことをバラしたくなかったのかわからなかった。でも、言われたくないことを言いふらしてしまったのは事実で、非がある側としてはひたすら謝るしかなかった。

「…はぁ」

この溜息が、怒鳴られるよりズキッときた。電話越しで相手の表情もわからない不安もあって、どうにかして取り繕いたいと思った私は言った。

「あの、ほんと悪いと思ってる!私、何でもするから!」

その後色んな漫画やら何やらを読んできた身としては、この台詞フラグ臭いなぁと思う。でも、その時は何奢ろう…くらいに思ってた。中学生の身分で出来ることって、せいぜいそのくらいだろうし。「何でも」って言ったわりに自分の中の選択肢は一つだった。てっきりAもそうだろうと思っていたけど、違った。奴は間髪容れずにこう言った。

「じゃあ、エッチしよーぜ」

いや、何だその「野球しよーぜ」ぐらいの軽いノリは!というか、お前彼女いるだろ!?大体、私デブですけど!出るとこ全部出てますけど!昔カビゴンっていわれたけど、どちらかといえばムック(NOTデフォルメ)似だと自負してますけど!

「え、や、冗談でしょ?」

「は?本気だけど」

「アンタ彼女いるじゃん!」

「あー、俺の彼女、箱入り娘っつーの?そんな感じでキスもさせてくんないんだよね。そんな女と俺がずっと付き合ってくと思う?」

もはや「 最 低 」の一言に尽きる。

Aは県で一番の進学校に受かったのだけど、一年の頃なんか成績は学年の真ん中くらいだったから、凄く努力して勉強したんだろうと思った。たまに高慢ちきなことを言って、クラスの一部からは「頭が良いからって偉そうにしやがって」なんて言われてたけど、ただレールに沿って生きてるだけの私なんかには想像できないほど努力して奴は優等生ポジションを得たと思ったから、少し尊敬していた。それなのに、この言い草。怒るよりも呆れて、思わず脱力した。

「…いや、ていうか、私デブじゃん。どう考えてもアンタ勃起しないでしょ」

「んなことねーよ。お前かわいいって」

身内以外の異性に可愛いって言われたのこれが初めてだったけど、ぜんっぜん嬉しくなかった。流れからしてどうみてもお世辞。というより、とりあえずこう言っときゃいいだろ的なウソ見え見え。大体、その頃の私といえば、眉を剃ることはおろか体毛の処理すらしてなかったし、それを気にすることもなかった。友達に「ねえ、眉毛繋がりそうだよ。このままじゃ両津になっちゃうよ」って言われてやっと眉毛を手入れし始めたくらいだし、髪の毛ボッサでスカートはばっちり膝下10cmだった。その上、恥じらいなしにチンコだおっぱいだと会話で言える、そんな女を抱くなんてコイツの美意識を心底疑った。

唖然とする私をよそに、Aは勝手エッチプランを進め始めた。自分の家は母親が常にいるからダメ。お前んちも親いるだろ?なら、ラブホにするか云々。とんとん拍子に話が進む展開に今度は焦って、「ラブホは高いよ!一万くらいする!」と大ボラを吹いた。トゥナイト2を見ていると公言していた奴には、こんなちゃちい嘘はすぐにバレるかと思ったが、意外にあっさり納得された。

ここが私のダメなところなのだけれど、「何でもする」と言った手前、セックスするという提案を拒否できなかった。自ら言ったことを覆してはならない。そんな変なプライド邪魔をした。「それは嫌だ」と言って、Aに「何でもするって言ったろーが」とまた苛々されるのが怖いというのもあったからかもしれない。

ラブホダメならもう場所もないし、Aも諦めるだろう…と安堵していたのも束の間。

「だったら、俺んちの近くの公園にすっか。お前、俺んち知ってるっけ?」

あまりの展開のスピードに思考力が遅鈍な私は置いてけぼりだったけど、もしかしてコイツ早漏か?とは思った。こういう時ほどくだらないことを考えてしまうのね、人間って。

小学校は違っていたから、Aの家なんて知らなかったし、別にこれからも知りたくはなかったけれど、「や、知らない…」と言うに留めた。私としてはセックスなんてする気はさらさらなかったし、まして公園初体験青姦て。どれだけ性に対してアグレッシブなの。確かに私は下ネタを話すのは好きだったけど、イコールセックスがしたい、というわけじゃなかった。下ネタと性欲って全く別物だった。

公園はないだろ、と私が言うより早く、Aは淡々と自分の家の場所を説明し始めた。半ばその勢いに圧倒されて、私は「ああ」とか「はあ」とか生返事をしていた。どうせ「公園なんてムリ!場所ないからできないね!それじゃ!」と言って切るつもりだったから。ただ、やっぱり私に非があることに変わりはないし、せめてAの話はきちんと聞こうと耳を傾けていたら、さらにAはとんでもないことを言い出した。

「んで、その公園って小さいんだよ。だから、砂場でいいよな?」

公園だけでも驚いたのに、まさかの砂場セレクト。

大体、だから、って接続詞おかしいだろ。ははあ、もしや砂場プレイをご所望ですか。普段は子供たちの楽しい遊び場、夜は大人の営み場。その背徳感にドッキドキ☆砂場の砂の感覚でさらに気持ち良くなっちゃう…☆って、だからどれだけお前は性に対してアグレッシブなんだよ!海で砂が濡れた水着の中に入ってなかなか出てこないもどかしさを思い知れ!

一瞬ぽかーんとした後、もうこいつの話聞くのすらしんどい…と疲労が襲ってきたので、「お母さんがうるさいから」とか何とか言って適当電話を切った。メールも着たけど、無視。次の日また電話が着たけど、それも無視。もともとしつこい男ではなかったので、連絡はそれきり。(半年後にまた連絡が着たけどそれは割愛)

うっかり言われたくないことを言ってしまったのは悪かったけど、今でもやっぱりこれはないなあ、と思う。後に人づてに奴が高一まで童貞だったことを知った。顔も悪くなかったし、クラス一性の知識があるような喋りだったから、てっきり非童貞だと思っていたが、奴も奴なりに焦っていたということか。そして、これまた人づてに聞いたことだけれど、奴は私を非処女だと思っていたらしい。多分、ネット雑誌のおかげで耳年増になっていたからだろう。

奴とはもう二度と会いたくはないが、「何でもするなんて軽々しく言ってはいけない」という教訓を得られたことには感謝したい。

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