「不正直な善」が偽善なのかな。偽善という言葉の指すものがずれてきてない?このエントリ書いた人が間違ってるって言いたいわけじゃなくて、他で見かける用法もこんな使い方でイマドキはそういうもんで無理からぬことなんだろうと思うけど、でもそれは自分が思ってた偽善(辞書に載っている古い用法)とは違ってて、日本語が変化しつつあるのかなって気がしてる。
古い方の用法では、偽善とは、見かけだけ善のように装うことであって、つまり善ではないことが前提の表現。でも最近の用法では、結果的に善になる行為であっても「一点の曇りもない、自己犠牲を伴う、完璧な善行」以外は全て偽善と呼ばれがち。例えば、win-winなシチュだったらそれはもう偽善みたいな。結果善な行為まで偽善と呼ぶのは、自分はかなり抵抗がある。善の範囲が狭くなってきたなあと思う。息苦しい方向の変化だと思うんだけど、ちょっと興味深くもある。
もっとずっと"偽"
ってのと関係あるかな。この現象。
嘘と正直、善と悪の組み合わせは 正直な善 不正直な善(偽善) 正直な悪 不正直な悪(偽悪) の4種類が考えられる。 偽悪の定義はちょっとあいまいだけど、まあ「実はいい人...
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自分は偽善を選ぶ 善になるように努力したい 悪を自覚するかそれでもだめならそれもできないようにするだけ
偽善は善じゃない。どちらかというと悪だ。 「じぶんがよく見られたいがために」それらしいことを言うのが偽善。つまり、口舌の徒だが、それだけではなく発言の根拠が自分の見えで...
罪という感覚です。自己のうちに見るのは。特に、知らないうちにしていたのであれば。どちらにしろ結果の責任は問われる。実際の被害であれ、人の心を傷つけたということであれ。 ...