むかし、あるところにたいそう貧しい少女がいた。彼女の両親は亡くなってしまい、住むところも食べるものも着るものも無かった。親切な人からもらったひとかけらのパンと彼女が着ている服だけが彼女に残された唯一のものであった。
しかし、彼女はとても良い心の持ち主だった。彼女が道を歩いていると、おなかを空かせた男に出会う。彼女はためらいもなく男にパンを渡し、また歩き出す。今度は寒がっている少年に出会う。彼女は親切に着ているフードを差し出し、また歩き出す。すると、また別の寒がっている少年に出会う。彼女は着ているワンピースを少年に与え、歩き出す。そうしているとまた別の少年が現れ、彼女に唯一残されたシャツを欲しがる。彼女はシャツもその少年にあげてしまう。
やがて、着るものも食べるものも失ってしまった彼女がその場にたっていると、星が彼女のもとに降ってくる。彼女の行いを神がほめたためだった。降ってきた星は銀貨となり、少女は裕福に暮らしたのだった。
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裕福となった少女の元には以前より多くの人が訪れました。しかし、少女は変わることなく、人々に分け与えました。そのため、暖かい家は寒風が入り込んでくる荒ら屋に、絹の服は綿の服に、美味しい食事は粗末な食事に変わっていきました。
それでも、人々は訪れました。少女は残っていた銀貨も全て分け与えました。
それでも、人々は訪れました。少女は変わることなく彼らに分け与え、荒ら屋は道端に、襤褸の服は裸に、粗末な食事は道端の雑草に変わりました。
ようやく、人々は訪れなくなりましたが、少女が雑草を食べようとすると、腹を空かせた野犬が訪れ、少女に吠えました。それを見た少女は今までと何ら変わることなく、その犬に雑草を譲りました。
それを見た神様はまた少女のもとへ銀貨の星を降らせましたが、その度に少女は同じことを繰り返し、結果は変わりませんでした。
「どうして自分の幸せのために使わないんだい?」すると少女は微笑みながら答えました。
神様は少し考えるようにしてから言いました。
「でもほとんどの人々は君に感謝すらしていないんだよ?誰のおかげだなんてすぐに忘れて喜んでいる。それでも君の幸せなのかな?」
「言ってる意味がわかるかい?」
「ええ、わかります。そうです。それが私の幸せです。」
「彼らは感謝すらしていないんだよ?それなのに、どうして笑っているんだい?」
「だって、感謝されるためにやっているのではなく、人々が喜んでくれることが私の喜びなんですもの。だから、神様に人々は喜んでくれていたって聞かされて私はとっても嬉しいんです。」
「君はその中に、みんなの中に入ってないけれど、いいのかい?」
「ええ、いいんです。だって、私の幸せはみんなのように良い家に住んだり、綺麗な服を着たり、美味しいものを食べたりすることではなく、"みんな"の幸せなんですから。」
そうか、と神様は懐かしいものを見るかのように少女を見つめ、しばらくの間、物思いに耽っていました。そして神様は不思議そうに見上げいている少女に問いました。
「もっと多くの人を助けることができたら助けたいかい?」
「はい、もちろん。」
少女は迷わず言いました。
「決して楽しいことばかりではなくてもかい?」
「はい、人を助けることができるのでしたら。」
迷いのない少女の目を見つめ、神様は肩の荷が下りたかのように少し息を吐くと、少女に言いました。
「それでは君が、今から神様だよ。」
すると、神様の周りで輝いてた光が少女の周りへと移り、どこまでも白い衣が少女を纏いました。
「え?え?えー!?」
「私も君と同じこころざしだったはずなのだけど、私には今の君が眩しすぎる。どうかな。私の代わりに神様を、多くの人を助けてあげてくれないだろうか?」
少女は突然の事態に途惑っていましたが、その言葉を聞くと真剣な顔になり、そして
「はい!」
迷うことなく言いました。
正直な所、元神様は少し迷っていました。元々は同じこころざしだったとはいえ、目の前の少女が眩しくなってしまう程に自分は曇ってしまった。それ程までに神ということは辛いことでもある。そんなことを、このような幼い少女に託してしまっていいものだろうかと。しかし、少女の迷いのない真っ直ぐな瞳を、言葉を、姿を見て決めました。
これからどうなるのか。それは誰にも、元神様だった人間などにはわかるはずもありません。しかし、自分にはできなかったことをあの少女なら、あの真っ直ぐで眩しい少女なら、成し遂げてくれるのではないかと、希望と、少しの悔しさを抱きながら、それでも願わずにはいられませんでした。人々が、そして少女が幸せであらんことを。久しぶりに純粋に人の幸せを願うことができた元神様は、そうして静かに息を引き取りました。