2007-02-22

台風一過

夜のうちに通り過ぎた台風は一気に夏になってしまったかのような晴天をもたらした。何処にも見当たらない雲。まぶしい太陽。そして嘘っぽい青い空。本当にきれいに晴れ渡った空はまるで青い天幕を張り巡らせたかのように現実味が薄い。いつものように遅く起きだした僕はコントラストの強くなった景色の中を歩きながらあやふやな記憶の糸を辿っていた。

はっきりと思い出すことは出来ないのだけれど、その日は夏の終わりを告げるような涼しい風が吹いていて、寮に住んでいた僕は夕飯も風呂も済ませて手持ち無沙汰にしていたはずである(そう、この頃の僕はいつでも手持ち無沙汰だった)。そして何故か売店の前にいた僕にたまたま通りかかった彼女が話し掛けた。もしかすると、通りかかったのは僕の方かもしれないし、話し掛けたのも僕かもしれない。何故こんなにも覚えていないかというと、彼女のたった一つの台詞の印象が強すぎたからだろう。

ファンタグレープみたいですよね。」

空を見上げながら彼女はそういった。つられて見上げた空は確かに紫色をしていたけど、ファンタというには淡すぎて、僕はその発想の突飛さに笑いながらそうかなぁと疑問で返したような気がする。彼女は手に使い捨てカメラを持っていて、僕もフィルムに収めたいと思ったのだけれど、カメラを手にしているわけもなく、部屋まで取りに行ったとしても風景の一部として切り取れるような場所がないと考えて諦めた。そして何より、彼女との会話を打ち切るようなことはできなかった。

それから今まで、鮮やかな夕陽にレンズを向けたことは何度かあるけど、あの日に見たような不思議紫色の空を見ることはないし、空の色をファンタグレープにたとえるような、そんな人に出会うこともできないでいる。僕が未だに写真を撮りつづけているのは、いつかあのファンタグレープ色の空をフィルムに写しこむためだ。そして、もしかすると、僕はそんな表現をする人と出会うために生きているのかもしれない。

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