私は、これでも何かを嫌ったり憎んだりすることが苦手な人間だ。そりゃあ、確かに厭うことはある。煩わしいことは勘弁願いたい。
けれども、憎悪とも呼べるような強い感情で何かを嫌ったり憎んだりすることは少なかった。一番上の姉を、一時期恨んでいたくらいだった。
だがしかし、蚊、てめえだけは違う。
なにが理由で、こんな秋も深まった物静かな深夜の読書を邪魔されなければならんのだ。
死ねよ。存在が目障りなんだよ。どうして死角から耳元へ接近して来るんだ。
生物の進化は、その多様性によって生命を存続させることを目的としているのかもしれない。
あるいは、昆虫の生命活動の中には、蜘蛛の糸のように思いもしないような使われ方を期待されるものもあることだろう。
蚊にしたって、その口の形状を研究することによって、注射針の形を痛くないよう改良させたり、蚊ではないが血を吸う昆虫を使って動物の血液を簡単に採取できることもあるだろう。
でも、それでも、蚊、お前だけは駄目だ。
存在を許してはならん。今すぐ滅殺されるべきだよ。根絶されるべきなんだ。そうすれば、マラリヤだって少なくなる。伝染病の拡大が、わずかばかりでも収まるかもしれないのだから。
そして何よりも、心静かな読書時間を邪魔した罪は万死に値する。否、臆死でも足りない。兆死。京死。その他諸々の単位を用いた造語にいたるまで、貴様は殺戮されるべきである。
死ね!
……あー、すっきりした。