疎外感を覚える。
身の回りのどのコミュニティにも居場所がない。
もちろん、自分を偽って道化や善良を演じれば、ある程度はそこで受け入れてもらえる。
でも、それは自分の居場所じゃない。
きっとアキバ事件の加藤も僕と同じ気持ちだったと思う。
でも、僕は彼とは違う。
彼は居場所を探し続けて失敗した。僕は居場所を探すことをそもそも諦めた。
代わりに、僕は「よそ者」になることを選択した。
社会学
それは身の回りのモノ全てを客観的に説明しようとする。
それは時に冷徹なまでにモノを他人事として受け止めさせる。
それは居場所の無い僕に「よそ者」として生きる道を与えてくれる。
だから僕は社会学を学んでいる。
Permalink | 記事への反応(2) | 19:59
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かわいいなぁ。 よそ者同士のコロニー、それが居場所。 私も頑張らなくてはと、勝手に勇気づけられる。
http://anond.hatelabo.jp/20081228195935 俺の親は社会学の教授だ。 が、俺は社会学を学びたいと思ったことは全くなく、大学は理系の情報系に進んで今に至る。 俺が社会学を学ばなかった理由は...