2008-04-08

知人が疑似科学だかスピリチュアルだかにハマってしまった。

私は人文科学大好きな隠れオカルトオタクだ。

駆け出しの知人の話を聞いていると、オイオイ、とツッコミを入れたくてたまらなくなる時があるのだが、人間関係を維持するためにはこのまま隠しておいたほうがきっと無難なんだろうと自らに言い聞かせている。

とりあえず、知人が妙な壷を買わされたりただの石をありがたがったりするようになるまでは、あたりさわりなく接するのが正解なんだよな?

何を心のよりどころにし、何を信じるかは自由なんだ。科学的に間違っていても歴史認識が違っていても、それは(周囲に害がないかぎり)まったくフリーであるべきなんだ。

だがどうしよう、知人の歩みは危なっかしい。

水晶はただの二酸化珪素結晶でその形状には何の不思議も無いというのに、イシスがどうとかアトランティスだとか本気で言っているんだろうか。

  • そうです、フリーです。 イワシの頭も信心から、なのです。 何を信じようが、その人の勝手です。

  • 人間関係を維持したいのなら、短期的には当たり障りないようにするのはいいんだろうが、長期的に見たら早めに手を打っておかないと取り返しの付かないことになる気がする。

    • まったくその通りだと思う。 無害なら放置きめこむつもりだったんだけど最近本物の香りがしてきたような気がするから困ってる。早くなんとかしないといけないのか放置でいいのかさ...

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