はてなキーワード: イシスとは
相互フォロー推進委員会で一躍時の人となり既に忘れられた竹下淳氏(@jdotsystemから@wgt0715に改名)が、ウィキに殺害予告を書き込んだ疑惑をご存知か?
http://www43.atwiki.jp/yourlife/pages/40.html
竹下氏の会社である株式会社ジェイシステムのドメインjdotsystem.comのメールを受信できる人物の仕業とのこと。竹下氏は自身のブログにて「いざとなればどんなサーバにだって形跡を残さずに入り込むことだって出来ます。」と語っているほどのスキルの持ち主であり、同社のメールサーバが第三者の侵入を受けるはずはない。
http://ameblo.jp/jdotsystem/entry-10737272113.html
また、一連の騒動で竹下氏に恨みを抱かれた人物の身辺で奇妙な事件が頻発しているとの情報もある(ドアノブに接着剤が流し込まれる・注文した覚えのない通販商品が届く etc.)。竹下氏は本件について沈黙を守っているが、真相の解明が待たれる。
DLsite運営しているエイシスの売り上げが年40億強。
一日に新規登録される作品の数が、maniaxとかproとかhanamaruとか合わせて平均30くらい。
つまり、40億/(30*365)=37万円くらい。
いや、馴らしてこれだから、もちろん偏りはあるにしても。結構大きくてびっくりした。
私の家系は無宗教なのに、亡くなった時は真言宗にいつもお経なりを世話してもらってます。しかし、私としては、2日以上も葬式などに時間を奪われる価値はないと思っていますし、この日本文化の意味も全くもって分かりません。しかも、これが終わっても、法事地獄がまってんだぜ!全くこの仕組みが分からん。 父や母は、先祖代々からやってるから、親戚、周りの目があるので常識的にするしかないのよって 言ってます。
誰が考えたんだろう、こんなメンドクサイシステム。お寺さんか? 昔なら分かるぜ、田舎のほうとかさぁ、でも、この昨今ではこんなメンドクサイシステムする必要ありますか?もっとシンプルに1時間くらいで済ませてくれよと思うのは私だけですか?それとも異常ですか?
しかも、母はお布施をいくら包めば分からないこともあり、葬儀屋さんに相場の額を聞いていました。葬儀屋さんいわくお寺さん一人に対して、25から30万円くらいのお布施、初七日が3万くらい、交通費、諸経費が2万円くらいと言っていましたが、基本的にはお寺さんに直接聞いてくれと言ってました。なぜなら、昔からの長い付き合いの方はもっと額が跳ね上がるのだと言う。もう、意味不明です。そもそも、なんで直接聞くの?額なんて気持ちの問題だろ?しかも、こっちが高い金額で雇っているのに、坊さんが偉そうにするのはなぜ? 立場逆だろよ!! しかも、最初にお経を言う「枕なんとか」の帰り際に、「今日忘年会だからねぇ」などとほざきやがる!! 税金払えボケ!!交通費くらいだせよボケ!! 葬儀屋と癒着してるんだろうがよ!! 葬式の日は坊さん2人来るからお布施もその分だせって どうゆうことだよカス!!
あ"ーーーーーーーーー イラヅク!!
で、今日から、お通やと葬式に貴重な時間を奪われると同時に、高額なお布施をむしりとられ、葬儀屋にもお金をもっていかれ、遺体の祖母もたらい回しにされる。おかしくないか?この制度? そんなメンドクサイことせずに、火葬で焼いて土の肥料にすれば良いのではないのか? それから、墓場の存在よ。墓場なんかいらないし、墓参りもいらない、そうすれば、高額な墓石も買わなくていいだろ!!
なんで、シンプルに短時間で埋葬して低額で済むやり方を選択できない世の中になってしまったのだろうか?誰の洗脳だ?何回も言いますが、私には全くもって意味が分かりません。しかも、こんなひねくれた考えをして、葬式などに出ないと、周囲から揶揄されること間違いないだろ。あー意味不明だよこの習慣というか風土というか。
私が死んだときは一切そんなことはして欲しくない。直ぐに焼いてくれ!そして直ぐに土にまいてくれるように頼むよ。で、こんな私みたいな考え方する人って結構いるんじゃないだろうか?しかも最近では。ちょっと前までだと嫌々親戚付き合いや、葬式をしていたけど、そろそろみんなで取っ払おうぜ!この文化を!! みんなが徐々に短縮していき、追々はこんな制度辞めていけば、定着するからさ!
とりあえず、父と母が死んだときは、ちゃんと常識的にやってくれと言われているので素直にやりますが、心の中では "はてなマーク" が100個くら充満していて、意味ないのになぁと思いつつ、今回も祖母の葬式に行ってまいります。
最後に質問させて下さい。
皆様はこのシステムどう思われますか?
駆け出しの知人の話を聞いていると、オイオイ、とツッコミを入れたくてたまらなくなる時があるのだが、人間関係を維持するためにはこのまま隠しておいたほうがきっと無難なんだろうと自らに言い聞かせている。
とりあえず、知人が妙な壷を買わされたりただの石をありがたがったりするようになるまでは、あたりさわりなく接するのが正解なんだよな?
何を心のよりどころにし、何を信じるかは自由なんだ。科学的に間違っていても歴史認識が違っていても、それは(周囲に害がないかぎり)まったくフリーであるべきなんだ。
だがどうしよう、知人の歩みは危なっかしい。
水晶はただの二酸化珪素の結晶でその形状には何の不思議も無いというのに、イシスがどうとかアトランティスだとか本気で言っているんだろうか。