はてなキーワード: オカルトとは
うーん、専門家を頼った方がいいと思うけどね。間違いなく。確定的に。
心や脳に限らず難しい病気にかかって苦労する人は居るけど
民間治療とか自己流とかに走って治ったっていう人はオカルト以外ではまず居ないよ。
たくさんお医者さんを回ってやっと正しい診察と治療を出来る先生に会った、っていうのはあるけど。
以上は貴方や他の自称病気の人自身のためについての話で、これは確かに最終的には本人の自由に任される。
いやいやいや
ただ
診断が難しいとか、
そういう面は確かにあるので、扱いが難しいのはその通り。
で、「うすうす自分て努力不足かも」「でももしかしてADHDなんじゃないかなー(チラッチラッ)」みたいな態度の人達は
周囲の人に対しても、はっきり診断出てる本物の人達に対しても、凄く迷惑なわけよ。
だから(チラッチラッ)を繰り返す人達に対しては「ちゃんと診察受けろ」って話になるわけだ。
本物かもしれないし全然違うかもしれない。
「医者には絶対行きたくない!」「で、も~~~(チラッチラッ)」みたいな人達が増えると
病気や障害自体について君みたいな疑念を抱く人も増えるわな。
君の今呈した疑念がまさに(チラッチラッ)族の引き起こした害なんだよ。
今の日本の政治システムは、限界が近づいている。うんたらかんたらていうタイトルを書こうとしたけど、
やめておいた。
そういう国は、余程人徳がある国王の国、ブータンのようなものでなければ
戦争で滅ぼされたり、
誰かにコントロールされる事は本来ない。
本来誰もが自由なはずだ。
どう生きてもいい権利が一人一人に与えられている。【日本には、貧富の格差はあってもカースト制はない。】
少なくとも、ニートをやっていようが罰される事はない。後ろ目たさがあるなら、そりゃあお前が何か過去に何かした事に対してだろう。
起業するのも自由、
アーティストになるのも自由、
表現するのも自由、【ただし、パクると叩かれる可能性は否定できない。】
オカルト紛いの宗教をやるのも自由【宗教法人は税金がめちゃくちゃ安くなったり、不思議でしょうがない。】
自己啓発セミナーは、ある意味では宗教団体のようなものだ。だが、宗教が存在してはいけないわけではない。
それも本人の自由だ。友人、知人がそういう類に入っていったら、きっと止める事はできない。
できる事は、気づかせてあげたり、いつか真っ当な道を生きるだろうぐらいに信じてあげる事ぐらいだとおもう。
話がそれ過ぎた。
自由過ぎて何をしたらいいのかわからないのだろうか?
そもそも何をしたらいいか?というのがなんなんだろう?
何がしたい?
という問いがあったとしても、
何かをしなきゃいけない。
ていうのは、生命体にあるんだろうか?
働かなきゃ生きていけない。
というのは、昔は紛れもない事実だったが、
それが事実ではない。
これは、人類史上
初の出来事で、
生活保護というシステムは、革命的なものだとおもう。豊かな国が生み出した堕落する事も許容したシステム。
と言ってもいいぐらいの成果物。
という事。
どうやったら飢えないで生きるか?
が課題だったように想える。
漁をするか、農業を営むか、
他の集団から守るために
村や街ができたりして、少しずつ少しずつ大きくなった。
最近流行りのブラウザゲームをイメージしてもらえればよくわかるとおもう。
そして、だんだんと大きくなった。
地球全体で、そのやりとりが行われている。
アフリカの各地で起きている革命なんて、一週ぐらい先をいっている話。
江戸時代の、天草四郎 ぐらい古い事やっているようなもんでしょ。
そんなんゲームの話でしょ?サムライスピリッツにでてくるキャラクターだよね?
ていうぐらい古い話。
別に日本の総理大臣 めっちゃ権限もってて偉いとかじゃないし、
ただ在るのは、
その人が考える思念があるぐらいでしょう。
ここでいう思念ていうのは、
その人が持っている、
思考や想い
それがなんだっていう話じゃない、
一人一人の世界観
狭い世界だと想う人もいれば、
問題だらけだと想う人もいる、
拡大している世界観を持つ人もいる
あれ?
世界て人それぞれ違うの?
ていうのが俺が生きてきて、
最大の気づきかもしれない。
やりたい事が見つからない。
どうなったらいいのか?
それがそうじゃない原因は何かて考えたら結構上手くいく。
でも、一人一人が世界を変えていく事で、
この地球はより良い星になる気がしている。
一人一人の中に、
世界を変える力ていうのがあるんだぜ。
それを使わないのは、余りにももったいない。
不幸でいるのも自由だが、
途中で、書き直しては、消したりしていたが、
途中、書いててこの文章が宗教臭い感じがして飽きてきたのでやめておいた。
でも、せっかく書いたので流してみる。
とりあえず、今想うのは、
せっかく与えられた命、
常識だの、恐怖なんかに負けて
生きる事をやめたらアホらしいよね!
ていう事。
今の日本の政治システムは、限界が近づいている。うんたらかんたらていうタイトルを書こうとしたけど、
やめておいた。
そういう国は、余程人徳がある国王の国、ブータンのようなものでなければ
戦争で滅ぼされたり、
誰かにコントロールされる事は本来ない。
本来誰もが自由なはずだ。
どう生きようと一人一人与えられている。
少なくとも、ニートをやっていようが罰される事はない。
起業するのも自由、
アーティストになるのも自由、
表現するのも自由、【ただし、パクると叩かれる可能性は否定できない。】
オカルト紛いの宗教をやるのも自由【宗教法人は税金がめちゃくちゃ安くなったり、不思議でしょうがない。】
自由過ぎて何をしたらいいのかわからないのだろうか?
そもそも何をしたらいいか?というのがなんなんだろう?
何がしたい?
という問いがあったとしても、
何かをしなきゃいけない。
ていうのは、生命体にあるんだろうか?
働かなきゃ生きていけない。
というのは、昔は紛れもない事実だったが、
それが事実ではない。
これは、人類史上
初の出来事で、
と言ってもいいぐらいの成果物。
という事。
どうやったら飢えないで生きるか?
が課題だったように想える。
漁をするか、農業を営むか、
他の集団から守るために
村や街ができたりして、少しずつ少しずつ大きくなった。
最近流行りのブラウザゲームをイメージしてもらえればよくわかるとおもう。
そして、だんだんと大きくなった。
地球全体で、そのやりとりが行われている。
アフリカの各地で起きている革命なんて、一週ぐらい先をいっている話。
江戸時代の、天草四郎 ぐらい古い事やっているようなもんでしょ。
そんなんゲームの話でしょ?サムライスピリッツにでてくるキャラクターだよね?
ていうぐらい古い話。
別に日本の総理大臣 めっちゃ権限もってて偉いとかじゃないし、
ただ在るのは、
その人が考える思念があるぐらいでしょう。
ここでいう思念ていうのは、
その人が持っている、
思考や想い
それがなんだっていう話じゃない、
一人一人の世界観
狭い世界だと想う人もいれば、
問題だらけだと想う人もいる、
拡大している世界観を持つ人もいる
あれ?
世界て人それぞれ違うの?
ていうのが俺が生きてきて、
最大の気づきかもしれない。
やりたい事が見つからない。
どうなったらいいのか?
それがそうじゃない原因は何かて考えたら結構上手くいく。
でも、一人一人が世界を変えていく事で、
この地球はより良い星になる気がしている。
一人一人の中に、
世界を変える力ていうのがあるんだぜ。
それを使わないのは、余りにももったいない。
不幸でいるのも自由だが、
興味深いニュースがある。
痛いニュース(ノ∀`) : 世話係として雇われた19歳女、14歳男の子と半年にわたってSEXしまくり逮捕(画像あり) - ライブドアブログ
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1642228.html
ここで何故多くの人間が悔しがり、憤り、壁を殴る行為に精進しているのか。それは『14歳』という、精神・肉体ともに成長過程な年齢において、19歳の美しい女性と半年間もの間、汁が無くなるまでの、充実感・幸福感に満ちたセックスを、たっぷりと味わい、堪能し、楽しみ、そして満たされたということである。彼は、人間として決定的に『満たされている』。
多少ネタ的かもしれないが、14歳という年齢でこのような奇跡が訪れたということは、彼は今後自分は愛される資格があるのだという自信を持って人生へ取り組むだろう。それに比べて容姿が醜い人間は、そのような自己肯定など1ミリも得られないまま社会へ突入しなければならなくなる。自分は愛されない、受け入れられることのない人間なのだという不安や苦痛が、常に付いて回る。
だから宇宙人になればよいんだ。os-宇宙人。最近結婚しない人が増えている。結婚なんて必要ないのだ。だから僕も結婚せずに、そのまま多幸感やオカルトを探して生きていこうと思う。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
単純であるとは、全てが一つになっている状態
複雑であるとは、全てが分離している状態
差別ではなく区別、と誰かは言い訳するが、実は言っていることは同じ。
何かを分けるとそこに優劣や好き嫌いを考えたくなるのが人間。
だから、元々一つであったものを二つに分けると、今度はその二つのどちらが優れているか、どちらが正しいものか、決めたくなる。
それが差別。人類は一つであるのに、人種という概念を作ってしまった。人種という概念を作ると、そのうちのどれが優れていてどれが劣っているかを決めたくなる。
さらに、人種を民族に分けるとさらなる差別が生じる。この民族は劣っているから支配すべき、この民族は優れているから他の民族を自分達に組み入れる権利を持つと勘違いする。
戦争は国家というシステムがなければ起きない。さらに言うなら、グループという存在が起きない。このグループというのは人々を二つ以上の集団に分けたもの。すなわち人間を分離させたところに原因がある。
分けるという考えは恐ろしいほどに人類社会の全てに渡って行き渡っている。
これに気づくと、あれとこれと分けるのではなく、あれもこれもと全てを一つに統合することが平和への道であることに気づく。
もちろん、これは人類だけに当てはまることではない。
動物や植物、あらゆる生き物と自分は同じである、一つであると気づくと恐れが消えていく。
恐れ、恐怖とは、自分と繋がっていないものと対峙したときに感じる気持ちだからだ。
あらゆる生物は一つであると気づくと、恐れがなくなる。繋がっているという感覚が安心をもたらすからだ。
さらに先を進めば、あらゆる無機物、一般には生物ではないとされるものも自分と同一である。
これは別にオカルトではない。全てが一つという考え方を進めていけば、
生物と無生物という境界は無意味になり、一つにしてしまっても何も問題はないからだ。
目の前にあるパソコンも包丁も壁も家も水も雲も空も土も山も、地球も太陽も銀河系も宇宙も、全てを一つにすることが出来る。
全てが一つになれば、恐れがなくなる。恐れが消えていく。恐れる必要がなくなる。
だから、ものごとを複雑に考えすぎる人というのは恐れのかたまりであるとも言える。
一般にものごとを複雑に考えるのは大人である。大人は「世の中は単純じゃない」が口癖で、複雑なものを好み、単純なものは子ども騙しだと笑う。
そう、一般的に言えばものごとを単純にとらえるのは子どもだ。子どもは大人よりずっと自由で、恐れが少なく、一瞬一瞬輝いているように見える。
ほとんどの人が気づいていることだが、幸せになるには子どもの気持ちに戻ればいいのである。
子どもの気持ちとはすなわち、すべてを一つに統合すること、ものごとを単純に考えるということ。
世の中が幸せで満ちる方法は簡単だったということだ。それは、分離、区別、差別、複雑、をやめて、シンプルに考えシンプルに生きること。
なんか、前提が全然見えないのでお前が何を言いたいのかわからん。
人間の何について何の根拠をもって4種類に分類しようとしているのか不明。
お前が、解剖学を根拠にしているのか心理学を根拠にしているのか社会学を根拠にしているかによって科学的かどうかが決まる。
「丙午」(60種)は科学的な事になる
お前が、数学を根拠にしているのか、歴史学を根拠にしているのか、民俗学を根拠にしているのか、五行や風水、陰陽を根拠にしているのか、オカルトを根拠にしているのかで科学的かどうかが決まる。
因果関係や相関関係の複雑さが分母に現われるのだから、分母に文句を言うのは非常に科学的だと思うが。
人は他のいかなる動物よりも慎重に研究されてきたが、彼らが一つの種あるいは人種と見なされるべきかどうか、有能な調査者の間にも多様な意見があり、どれもあり得そうである:2(ヴァレイ)、3(ジャッキノー)、4(カント)、5(ブルーメンバハ)、6(ビュフォン)、7(ハンター)、8(アガシー)、11(ピカリング)、15(ボリセントヴィンセント)、16(デ・ムーラン)、22(モートン)、60(クロフォード)そしてバークによれば63。この判断の多様性は人種が種として認められるべきではないと言うことを意味しない。しかし、人々は連続的に変わっていき、はっきりとした区別がほとんど不可能なことを表している。
で、ほかのレス見てるとABO式血液型分類のことを言いたいらしいが、ABO式単独では日本人の2/3ぐらいしか分類できないんだよね。
というか、ABO式だけで分類すると輸血ミスるわ。
すでに、Rh式も一般的に使われているだろ?
血液分類法が100種類以上存在する現在において、ABO式単独なんて微妙すぎるんだよ。
さらに、ABO式だけ見ても、亜型って種別が存在する。
ちなみに、俺は普段はO判定されてたんだけど、血液検査でA型に振れたことがあって、調べた結果A3辺りじゃないかな?って感じ。
まぁ、亜型含めなくてもボンペイ型を独立型とするならば5種類になってしまうわな。
めちゃくちゃじゃねえか!
三国志ファンがなにしたっつうんだよ。
精神的にも穏健だし三国志ファン活動って金もスペースも取らない地味ーなもんだぞ。本読んだり調べものしたりするぐらいじゃん。
軍事がSランクなのもわけがわからん。三国志ファンと同じで、せいぜい丸を購読するぐらいだぞ。
ほぼ机上で本読むだけ、たまに船や基地の写真取りに行く程度の軍事と、
その趣味に関心の無い伴侶から見てどっちがうざいかは議論するまでも無い。
SFファンに至ってはほんとにただ変な文庫本集めて読んでるだけじゃねえか!
あとネットゲーマニアがシャブ中と同じ意味で悪質なのには同意するけど
S ネットゲーム アダルトゲーム 同人誌 フィギュア SF 三国志 軍事 声優 風俗 オカルト
A アイドル アニメ サバイバルゲーム アマチュア無線 鉄道 競馬 切手 腕時計 パチ○コ
B 漫画 バイク カメラ ライトノベル 特撮 民族学 自作PC 女子アナウンサー 麻雀 オーディオ機器
C 携帯電話 ラーメン 深夜ラジオ 映画 サブカル 自動車 ファッション テレビドラマ 熱帯魚 釣り
D ビリヤード ワイン 自転車 ダーツ テニス サーフィン ギター 純文学 クラシック音楽 アウトドア
私女だけど、Bまでなら許す
それより上はさすがに…
昔2ちゃんのどっかで見かけた男の趣味ランクのテンプレだが、このうちどうしても理解できなかったのが、
でも実際ネトゲをやってみて、Sランクはものすごく妥当だと思った。
正確にはネトゲ廃人に対する評価として妥当という感じ。
というか男の趣味に貴賎をつけるとしたら、あいつらはエロゲオタを差し置いて
間違いなく最下層と言わざるを得ない。
「大っぴらではなく影でこそこそやれ」とは思うけど、個人的には
そんなにキモいと感じない。
そもそもネトゲ、特にMMOは↓の記事にあるように「自己顕示システム」として強烈な麻薬性がある。
http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=227
廃人はこのシステムに取り憑かれ、自己顕示欲に溺れてしまった人達と言える。
欲望の赴くままに俺TUEEEEE俺SUGEEEEEを貪る。
その姿がどうしようもなく嫌らしく、気持ち悪い。
そして俺TUEEEEE俺SUGEEEEEは他者との関係無しには成り立たない充足感なので、
周りをあまねく不快にさせる。
しかしよく訓練された廃人だと、そうして周りからウザがられても
「なーんかまたザコが負け惜しみ言っちゃってるよーでも実際俺超かっけーから仕方ねーわ、
あー嫉妬されるマジつれーわw」
まさしく「ギルド一番の誇り高き戦士」の面目躍如といったところか。
特に10代からいくつもいろんなネトゲやってるみたいな、MMO経験が長い人ほど要注意だ。
文字通り頭狂ってる奴が結構いる。
もちろん初心者のうちから廃人傾向の言動する奴もいるけど(リア充のダークサイドとも言えるか)。
こういう奴らに比べたら、こんな所でヘイトスピーチまがいのクズ日記書き捨ててる
自分のほうがまだマシだと心底思う。
「部屋が女の溜まり場になっている」(http://www.geocities.co.jp/ocult_utopia/)
幽霊が見えるという若い男が、2chのオカルト板の住人に唆されて、
部屋にいる若い女の幽霊とコミュニケーションを取ってからの顛末をまとめたものである。
>>1の若い男が律儀なヤツで、いちいちオカ板に報告するものだから、
一連のエピソードがストーリーとして読みやすくまとめられている。
>>1の語りが本当かどうかは別にして、なかなかよくできた話で、
幽霊的な怖さは殆どなく、ホロリとする結末でまとめられている。
オカ板住人は当時相当な盛り上がりだったようで、
>>1を励ますために、なんとオカ板住人の少なくとも数十人が、
自室で、全裸で、「びっくりするほどユートピア!」と絶叫しながら、
自分のケツを両手でタタいて踊り狂っていたというのだ。
で、何が言いたいかと言うと、このエピソードのクライマックスを迎えた日付である。
この日は、オレが以前、10年ちょっと勤めていた一部上場企業を退職した日である。
オレが最終出勤日として胸を張って会社に出かけた日、
日本の別の場所のどこかでは、そのようなことが起こっていたとは、感慨深い。
>>1によれば、当日>>1に起こったことは実に感動的なできごとだったようだが、
たとえそうであっても、その前夜に「びっくりするほどユートピア!」と全裸で叫んで踊っていたヤツが、
全国に数十人はいたであろうことはほぼ確実だ。オレにとって特別だった日に。
オカルト言説って、こうして「すげー」って思わされちゃうという点で、それそのものがなかなか驚異だよね
あんまりネタばれするのも好ましくないから多くは語らんけど、少女の願いがなんちゃらかんちゃらの部分はほむほむの腕に装着されたほむスピナーとQB、および「まどか以前の魔法少女」と最終回以降のアレでSF分的には補完されているのだと個人的には考える。
願いがエネルギーって科学的にプギャーとかそういうんじゃなくてさ、セカイそのものの仕組みが割とロジカルに構成されてるかどうかでSF分って判定されるもんだと思うんだ。
そういった意味で、まどマギはストーリー(&世界観)にきっちりとした筋を付けたことにより漏れはSF分の高い作品だと思ってる。
シュタゲは、序盤だからまだなんだろうけどロジカルパワーよりオカルトパワーの方が勝ってる感じ。「バタフライエフェクトよ」って台詞だけでごまかされても困る。
今のところ、「実は全てオカリンの夢でした」でも通じちゃう程度には脆弱とは言えるだろ。(今やってるサブタイトルが夢幻のホメオスタシスだから当然なんだが)
フィクションにおける古代文明はわりと人類共通の「黄金時代神話(昔はよかった神話)」によるもので、
「黄金時代」の言葉のルーツはギリシャ神話である。ヘシオドスの『仕事と日々』によると、かつてクロノスが神々を支配していた時代が、黄金時代である。
黄金時代には、人間は神々と共に住んでいた。世の中は調和と平和に満ち溢れて、争いも犯罪もなかった。あらゆる産物が自動的に生成され、労働の必要はなかった。人間は、不死ではないものの不老長寿で、安らかに死んでいった。
その後、ゼウスがクロノスに取って代わると、黄金時代は終わりを告げ、白銀時代が始まった。白銀時代の人間はゼウスに滅ぼされ、青銅時代が始まった。以後、神話の英雄が活躍する英雄の時代、歴史時代である鉄の時代と続くにつれ、人々は堕落し、世の中には争いが絶えなくなった。
そうした理想郷が崩壊した理由を行き過ぎた科学に求めるのはSFの手法で、人口に膾炙したのは Final Fantasy のようなRPGゲームの影響が大きい。また、日本社会はアニミズムに親和性のある社会だったし、RPGゲームが出た頃には初等教育で公害問題を学ぶのが普通になっていたので、「理想郷が崩壊した理由を行き過ぎた科学に求める」ことの下地はあった。
Final Fantasy は、「奇跡の力を独占・横領する、あるいはそれを使うことで暴走する」存在が倒すべき悪として描かれているが、これはニューエイジ思想がファッション化され、エンタテインメントに組み込まれたもの。根底にあるのは科学に対する不信感。正確には科学に対する期待外れ感。これは、マルサス的な人口容量の限界を感じる精神と表裏一体。
科学に対する期待外れ感がフィクション作品にどのように反映されているかは岡田斗司夫「失われた未来」あたりで。
今、生き残っている文明は、環境負荷の増大による文明崩壊リスクを人口制限や科学技術の進歩で乗り越えてきているので、TYPE-MOON作品の「抑止力」と呼べるような精神性を持っているように思う(オカルト的発想だけども)。それがフィクション作品に「古代文明の崩壊」という形で表象している。
http://tenkomo.blog46.fc2.com/blog-entry-2365.html
いやぁ、うそくさい、通報しない兄貴がよくない、通報を止めた妹の自業自得
だけど、社会的に見て、一番登場しなくてはいけない人物がチラッとしか登場してない。
親だ。
この兄と妹と同じ目線で物語をみてると、適切な判断をしない兄妹にイラだって、彼らの間違った判断に対する不可解さでいっぱいだけど
1つ上の目線からみれば、単純に、この兄と妹は、まだ正しい判断ができない子供なんだよ・・・
その子供の監視(とまでは言わなくてもフォロー)を怠った親が一番悪い。
親がこまめに子どもの話を聞いて、異変に気づき、警察に通報すればよかった話。
子供が親に、この緊急事態を話さなかったのは
親が普段から子どもの話を聞かず、子どもの話よりも世間体と名誉ばかりをつくろう人間だった事は容易に読み取れる。
その親の影響というのは兄が最後まで「妹の名誉」なんていう意味のないものを気にし続けてるところからも、警察を呼ぼうとしなかった妹からも読み取れる。
物事を筋道立てて考えられない子供が、お金だけもって、トラブルに巻き込まれた人を助けようとすれば、こういう事になる。
適切な判断、適切な対処ができない子供に、その場しのぎの判断を繰り返させたら、それはトラブルは膨らむよ。
それと、妹が突然レイプされたのは、前兆があったと思うよ。
オレが推察するに、妹は妹で、個人的に彼氏を探していて、そして連絡をとることに成功したんじゃないかと思う。
物語の全体像からいっても、おそらく田舎の話だろうから、A子が彼氏を隠すったって、調べたら分かる範囲だと思う。
そして妹が探し回っていることを知ったA子は、彼氏に電話をさせ、妹をおびきだし、レイプした。
彼氏を監禁しても、妹が探しまわって寄ってくるなら、その妹に懲りさせなきゃって発想でしょう。そうすればつじつまが合う。
いや、逆に、そういう道筋じゃないと、彼氏が居なくなって期間があいた妹がいきなり暴行される理由がない。
彼氏を助けたければ、彼氏を当事者として、まっさきに警察に連絡する。
これが一番だったのに、なぜ当然なこの判断を大学でてる人ができなかったのか。
それは「自分で物事を考えたことのない子供だったから」としか言いようがない。
そして、子供を取り返しの付かない事件がおこるまで放ったらかしにしていた親の責任が一番重い。