誰かが不幸になっているときに飯がうまいって感じたことが一度もない。 むしろまずくなっていることのほうが多い。 茶化しじゃなくて本当にこの感覚が理解できない。 もちろん人の...
増田さんと同じ。 人の不幸を喜ぶような人って、ほんとに人なの? 悲しくてやるせないよ。 優しい人ばかりだと信じて前向きに生きてゆきます。
人の不幸が悲しい人は、自分のことをないがしろにできる人です。嫉妬や競争に囚われているんです。みんながみんな自分や他人を大事にできないです。悲しいことです。
ああ、私は疲れてますよ、入院も手術もしたいけど、親が安定するまで全部あとまわし。 親が二人とも子供っぽかったよ。そういう家、案外あるんじゃないのかな。 だからってほっとけ...
えっ、なんの話?
今もセブンが叩かれてて皆嬉しそうじゃん。 相対的に「自分が平穏であるというささやかな幸せ」を感じてるんだよ。
それは、個人宛ではないですよね。 セブンは人気もあるのでみんなここぞとばかりに「自分はこう思う、こんなサービスにしたら?」という 提案をしている人もあるのでは?
シャーデンフロイデ
「あららお気の毒…とは思うが心を寄せ合いたくなるほどではない」ぐらいが一番多そう
前半:わかる(感じたことない。) 後半:わかる 災害は、幸いにして遭遇したことないが、例えば家族が救急車搬送されたとき、普段に増して食欲出てくる。
飯がうまくなるのはマスコミだよね。 視聴率、購買数が増えて、給料も増えて、うまいメシが食えるようになる。
そもそも他人の幸不幸で食事の味が変わったりしないんだけど・・・ あれは比喩なのかな 気分が落ち込むと食事をするのも億劫になるとか、そういう話?
シャーデンフロイデという人間の本能
単純不幸は嫌だけど自業自得は好きという同好の士、いないだろうか