「すべて」ではなく、働いて外出できる人間が自身の望む幸福に向かうことは可能でしょ
「幸福に向かう」というのは結果であり、その結果は確定した手順から導かれるものではない。 その為の手順やコストに大きな個人差がある以上、「外に出れるなら誰でも幸福に向かえ...
個人差のあるコストを抱えながら変則的な手順を誰でもふめる 部分は認めるんだ。 なら、誰でも「簡単に」「同じような」幸福を得られるとは定めてないので何も間違いではない。
個人差によって実現が事実上不可能な迄にコストが増大することも多いため、お前の言ってるのが机上の綺麗事だと言うことには違いはない。 実現が不可能な手段は「ない」といって...
幸福の到達地点を個人の任意で動かすことが誰にでも可能なため、コストを理由に実現不可になることは「ない」。
結局、そういう逃げに走るわけか。 「お前が幸福じゃないのはお前がそう思い込んでないから」ってあほか。
真実やんけ 幸福度のスケール通りに数値を上げたいならそうすればいい
でも脳内幸福物質を出す薬を配りますってなると資本主義が終わるよね
なんで…?
成功がなくも幸福になるから、みんな何もせずその薬を使うようになるよね。 体に害がなくても資本主義では麻薬認定されるよ。
いや害がないなら皆使ってストレスフリーで働けば…? 製造は誰がやってるの…?ロボ…?その技術があればもっと生産が楽になるのでは…?
脳内物質が幸福なので大丈夫ですよ。餓死したりするかもしれませんが最後まで幸福です。間違いない
脳内物質が幸福だからって怠け者になる訳じゃないぞ。 餓死するので定刻通りに食べましょう言うたら真面目な奴は守るだろ
幸せだと思い込めば幸せだってねはいはい
そうそう。諦めてこ