遠山は、数学における直感というものを、生得的なものと考えていた。フッサールが、人に共通に備わる「理念」のつくる構造を足がかりに<認識の素過程>を明らかにする「現象学」を建設していったように、
遠山は、無限に可能な数学の<体(てい)>の中から、ヒトが選び取ったただひとつのそれが自然の純粋な記述になり得ていることを足がかりに、人の理念のつくる構造が自然の写像となっている原理を明らかにしようとしていた。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/33805606.html
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