「そういうことであれば最初から言っていただければよかったのに。」
そう言って彼女はカウンターの向こう側に備え付けられているであろう棚に少し屈んで手を伸ばした。
「なるほど。」
僕は彼女から書類を受け取りながらポツンとそれだけの言葉を発すると、次に続く言葉を失う。一体、いつ頃からだろか?そう、少し前の僕ならこんな事は言われるまでもなく分かっただろうし、そもそもこんな簡単な処理を彼女にお願いするようなこともなかったはずだ。
何か僕の中で緊張とか切迫感とかそのようなカテゴリーに分類される感情は、まるでどこかの森の奥深く、しんと静まり返った湖の底に住む空想上の生物が、じっと身動ぎもせず一点を見つめたまま無限の時をやりすごすように一切の目に見える活動を停止してしまったようだ。