タダゲ厨は激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の運営を除かなければならぬと決意した。タダゲ厨にはネットがわからぬ。タダゲ厨は、モバゲー村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども課金に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明タダゲ厨は村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)のミクシィのサンシャイン牧場にやって来た。タダゲ厨には金も、学も無い。彼女も無い。十六の、内気な妹と二人ギルドだ。
この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿(はなむこ)として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。タダゲ厨は、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。
先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。タダゲ厨には竹馬のマイミクがあった。セリヌンティウスである。今は此のミクシィのコミュニティで、管理者をしている。そのマイミクを、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちにタダゲ厨は、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなタダゲ厨も、だんだん不安になって来た。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此のミクシィに来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈(はず)だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺(ろうや)に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。タダゲ厨は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「なぜ課金するのだ。」
「サービスの質を高める、というのですが、誰もそんな、質を求めては居りませぬ。」
「はい、はじめはセルフィちゃんねるを。それから、サンシャイン牧場を。それから、RockYou! スピードレーシングを。」
「おどろいた。運営は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。サーバーを、維持する事が出来ぬ、というのです。このごろは、ユーザーの心をも、お疑いになり、少しく派手な書き込みをしている者には、書き込みを削除するよう命じて居ります。御命令を拒めば審査にかけられて、アカウントロックされます。きょうは、六人ロックされました。」
聞いて、タダゲ厨は激怒した。「呆(あき)れた運営だ。生かして置けぬ。」
タダゲ厨は、単純な男であった。IPを、さらしたままで、のそのそ田代砲をしかけていった。たちまち彼は、巡邏(じゅんら)の警吏に捕縛された。調べられて、タダゲ厨の懐中からはXSSが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。タダゲ厨は、運営の前に引き出された。
「このXSSで何をするつもりであったか。言え!」運営は静かに、けれども威厳を以(もっ)て問いつめた。その運営の顔は蒼白(そうはく)で、眉間(みけん)の皺(しわ)は、刻み込まれたように深かった。
「ミクシィを暴君の手から救うのだ。」とタダゲ厨は悪びれずに答えた。
「おまえがか?」運営は、憫笑(びんしょう)した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの苦労がわからぬ。」
「言うな!」とタダゲ厨は、いきり立って反駁(はんばく)した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。運営は、ユーザーの忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。ユーザーの心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟(つぶや)き、ほっと溜息(ためいき)をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の収入を守る為か。」こんどはタダゲ厨が嘲笑した。「罪の無いユーザーをバンして、何が平和だ。」
「だまれ、下賤(げせん)の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、アカウントロックになってから、泣いて詫(わ)びたって聞かぬぞ。」
「ああ、運営は悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼ)れているがよい。私は、ちゃんとバンされる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、タダゲ厨は足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、バンまでに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私はギルドで結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄(しわが)れた声で低く笑った。「とんでもない嘘(うそ)を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」タダゲ厨は必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスというユーザーがいます。私の無二のマイミクだ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あのマイミクをバンして下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙(だま)された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目にバンしてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男をアカウントロックに処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩(やつばら)にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっとバンするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
タダゲ厨は口惜しく、地団駄(じだんだ)踏んだ。ものも言いたくなくなった。
竹馬のマイミク、セリヌンティウスは、深夜、運営に召された。運営の面前で、佳(よ)きマイミクと佳きマイミクは、二年ぶりで相逢うた。タダゲ厨は、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯(うなず)き、タダゲ厨をひしと抱きしめた。マイミクとマイミクの間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。タダゲ厨は、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
あ き た