俺はうんこだ。便意はまだない。
さっきまで薄暗いじめじめした所で消化されていた事を記憶している。
俺はもうすぐで始めて人間というものを見る。
しかしそれは肛門という人間で一番獰悪(どうあく)な部位であるようだ。
この肛門というのが時々我々を捕えて解き放つという話である。
しかしその時が来ても何も考えられないから別段恐しいとも思わない。
たった今、便意に催されてスーと持ち上げられ何だかブリブリした感じがする。
便器の下に落ちついて肛門の皺を見ているが、これがいわゆる人間というものの見始か。
妙なものだと思う。毛をもって装飾されべきはずの門がつるつるしてまるで菊だ。
のみならず肛門の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙を吹く。
どうも咽せぽくて実に弱った。これが人間の放つ屁というものである事はようやくこの時知った。
色といいツヤといい巻きの造作といいあえて他のうんこに勝るとは決して思っておらん。
しかしいくら不器量の俺でも、今俺の主人に捻り出されつつあるうんこには、どうしても負けられない。
第一色が違う。俺はカリントウのごとく黄を含める濃茶色に漆のごときツヤを有している。
これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。
しかるに今主人の肛門を見ると、黄でもなければ茶でもない、
黒でもなければ黄土でもない、さればとてこれらを交ぜた色でもない。
ただ一種の赤である。ほかに評し方がない、大量の出血である。だが不思議な事に拭かない。
もっともこれは悲鳴を上げてパニックなのだから無理もない。だが肛門には傷らしい所さえ見えないから釈然としないのである。
俺は心中ひそかに、内部の痔だと思った。
時に、残尿、闇冷ややかに、出血は便器に滋く、尻下を渡る冷風が排便の残虐を告げている。
俺はもはや、事の奇異を忘れ、寂しげな主人の尻をじっと見ていた。
俺の体は血にまみれ、あたりにはケツ毛が散らばっている。
そこに一枚の紙切れが落ちる。
すぐに俺は終焉を想うた。一切は流される。主人は立ち上がったのだ。
俺も最早別れを告げねばならぬ。
暫くすれば、主人は自分の出血を忘れ、再び便器に座っても
あくまで痔を認めることなく、ケツが裂けるまで何の悔も感じないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。俺はウンコだ。
しかし一体、ウンコでもオシッコでも、もとは何か他のものだったのだろうか。
初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、
初めからウンコだと思い込んでいるのではないか?
俺の中のウンコの心がすっかり消えてしまえば、そのほうが俺は幸せになれるだろうか。
<終>