2009-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20090804001253

あれは物語の構図が過去の思い出を思い出し感傷を呼び起こすようなものだからだと思う。

だれだって程度に差はあれど小、中で一度はこれは恋なのかと思うような感情を持った事はあるだろうし

高校時代には偶然帰るタイミングが合えば電車で降りる駅まで話をしながら一緒に帰るような異性の友人の一人くらいはいただろう。

しようとして出来なかった告白や送ろうとして送れなかったメールってのもあったはず。2部はそういう貴樹へ(視点女子を主人公と思わず貴樹をあくまで主人公と考える)自分投影してしまい

最期の特別のない日常を送る主人公がでてきて更なる投影を行ってしまう。(現実で特別である人なんて少ないので)

こういう風に物語がたやすく自己投影、およびそれに伴う過去の回顧が出来る構造

最期の最期まで主人公が特別な存在にならないがゆえに自分は特別でないと改めて認識させられることにより鬱になるんだとおもう。

ちなみにこの仮定の前提としてどれだけ物語の主人公へ同一化するかは別として物語をみるって言う事は特別な状況を求めることだということを前提にもって欲しい。

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