かつて、この街には何もなかった。何も決まりのような物はなかった。
強いていえば、元来この街は他の街のルールでは暮らせない、暮らせなかった流れ者たちの街だった。
だからお互いに今ここに居ると言う事情を察し、そこにはけして深入りしないのがルールだった。
だからそこには緩やかな連帯があり、独特の自由と住み心地があった。
しかし、その住み心地を聞きつけて、いささかこの街に流れ人が増えすぎてしまった。
そうすると変な連中もやって来た。ここで上手く商売を始めれば金になると踏んだ連中だった。
彼らはこの街の真ん中に塔を立てた。大きな塔で、そこで毎日音楽を流した。音楽のほかにも色んな物を流した。
この街の新しい音楽。新しい挨拶。新しい踊り。新しい人気者。新しい話題。そういった、新しい文化が絶え間なく流れた。
当初、この街の旧い偏屈な流れ者たちは、これを取るに足らないものだと相手にせず、楽観視していた。
そういったものを受け容れたくない者達の街でそんな物が流行るわけが無い、素晴らしい徒労に終わるだろうと。
しかし現実は違った。この街は新しい文化を喜んで受け容れる人達で溢れた。
この街だけの新しい挨拶が溢れ、新しい音楽に合わせて新しい踊りを覚えようと練習する人達で街はいっぱいになった。
どうしてこうなった。旧い者達はなんともいえない居心地の悪さと戸惑いを覚えた。
しかし、その時には自分たちは既にこの街の中でも、「また乗り遅れた、落ち零れた」少数派になっていることに気付くにはもう遅すぎた。
今度こそ乗り遅れなかった、落ち零れなかった物達は今度こそこの街で受け容れられた喜び、新しい街を作っていく喜びで満ち溢れていた。
だから、出て行くなら落ち零れたもの達の方なのだろう。