2009-06-07

レイ・ブラッドベリ小笠原豊樹訳、『火星年代記』より

一九九九年一月 ロケットの夏

 

ひとときはオハイオ州の冬だった。ドアはとざされ、窓には錠がおり、窓ガラスは霜に曇り、どの屋根もつららに縁どられ、斜面でスキーをする子供たちや、毛皮にくるまって大きな黒い熊のように凍った街を行き来する主婦たち。

それから、暖かさの大波が田舎町を横切った。熱い空気大津波。まるで誰かがパン焼き窯の戸をあけっぱなしにしたようだった。別荘(コテイジ)と灌木の茂みと子供たちのあいだで、熱気が脈を打った。つららは落ち、こなごなに砕け、溶け始めた。ドアが勢いよくひらいた。窓が勢いよく押しあげられた。子供たちは毛織(ウール)の服をぬいだ。主婦たちは熊の仮装をぬぎすてた。雪がとけ、去年の夏の古い緑の芝生があらわになった。

ロケットの夏。そのことばが、風通しのよくなった家に住む人々の口から口へ伝わった。ロケットの夏。あたたかい砂漠空気が、窓ガラスの霜の模様を変化させ、芸術作品を消した。スキーや橇がにわかに無用のものとなった。冷たい空から町に降りつづいた雪は、地面に触れる前に、熱い雨に変質した。

ロケットの夏。人々は、しずくの落ちるポーチから身を乗り出して、赤らんでゆく空を見守った。

ロケットは、ピンク色の炎の雲と釜の熱気を噴出しながら、発進基地に横たわっていた。寒い冬の朝、その力強い排気で夏をつくりだしながら、ロケットは立っていた。ロケットが気候を決定し、ほんの一瞬、夏がこの地上を覆った……

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