2009-03-31

LeafPCゲームソフト『君が呼ぶ,メギドの丘で』を中古で買って遊んでみた。RPGをやるのは久しぶりだ。戦闘バランスが厳しめで難しいがなかなか楽しい。ただ世界観に癖があり,混乱させられる。頭を整理するためにテキストに書き起こしてみる。

物語抽象化すると,「人を恣に扱う無慈悲な神に対する反抗」となる。作中には聖書からの引用十字架など,キリスト教ガジェットがあふれている。また一部の登場人物の名もユダヤキリスト教的背景を暗示している(例:マリア,ヤハ (Yahweh⇒Yaha),ナタス(Satan⇒Natas),エレミアなど)。そのため,ともすればこの反抗対象となる「神」はユダヤキリスト教におけるそれのように思われる。

しかしそう素直に受け取るわけにはいかない。物語の終盤には,「神」が少なくとも2回代替わりしていること,そして先代・先々代の神は現在の神に使役されるだけの存在になっていることが示される。先々代は竜。「私の頃には神はたくさんいた」という竜のせりふから,これは原始多神教における神であることが推察される。そして,竜を征服した先代の神がヤハウェである。……ということはつまり,現在君臨している「神」はキリスト教のそれではない。

ニーチェ的に考えれば,古き神々を殺したのはキリスト教の神であり,そしてキリスト教の神は超人によって殺される。超人とは外在的な道徳に縛られず己の欲するところをなすものをいう。この図式をそのままあてはめれば,メギド世界において人々を苦しめているのは超人ということになってしまう。この視点を念頭に,「事実」を整理してみよう。

神々はメギド世界創造以前から存在したとされる。現在の神は,先代を征服したのち,メギド世界創造した。これには目的があり,人間繁殖率を調査するためであった。神は自らの代理人を作成して世界を改変する権限を与え,創造の補助にあたらせた。役目を終えた後,代理人は権限剥奪ののち解体されて人間を生み出すもととなった。実験目的であることから,人間が一定の人口に到達したら自動的に世界を自壊させる仕組み(世界時計)が設けられ,また人間の生息域は砂嵐によって画定された。なお,代理人から生まれた人間の一部は,世界の改変権を剥奪されずに保持していた。彼ら(=救世主)ならば世界時計を停止できる可能性をもつ。幾度となく救世主を中心に遠征班が組まれ,世界時計に挑んだがいずれも敗退した。

こうした「事実」からもユダヤキリスト教的な神の姿はうかがえない。信仰ではなくデータをとるために人間創造した。作中では繰り返し,神の不在が強調される。姿を見せず,導きも罰も与えず,人間を滅ぼすことすら世界時計に委ね,世界に対しては完全に無関心である。私が連想したのは,ライフゲームを実行する科学者だった。オブジェクトメモリ上に展開すること,終了条件を定めること,実験が終わったらメモリを開放することに,科学者が罪悪感をいだくはずがない。個々のドットの動きに対して導きや罰を与えるなど思いもよらないことだろう。

主人公たちが立ち向かっているのは,案外,知を手に入れて超人となり,神に死を言い渡した「わたしたち」なのかも,と考えると少し楽しい。私がもてあそぶプログラムが,私に対して怒りや信仰をもっていたら素敵だ。

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