たまにネガティブなことが書いてあるエントリを見かけるんだけど、そういうのは往々にして頭の中でのせめぎ合いをそのまま文字化したように、
言葉の意味が抽象的過ぎてその人にしかわからない自己完結的な内容であることが多いのでコメントのつけようの無い、まさにチラシの裏にでも書いてろ状態なものが多い
そういうエントリは意味が分からないから基本無視で、コメントをつけるとしたら、その主な理由は遊びか逆釣りで、心の底から救ってあげたい、励ましてあげようなんて思ってない
みんな口(文字)には出さないけど、そう思ってる?
自分が他人のそういう内容の文章を見かけたとしても、何も感じない、せいぜい単なる文字の羅列だな程度にしか思わない、
もし実のある内容だったとしても自分には救えないし、自助の兆しにも出来ない、釣りだと心してもいざ釣られると精神的に痛いので触らないようにしている
そんななのに、自分は、言葉を使ったある種の自傷によって気晴らしするのが半分、ついたコメントから救いを求めたいってのが半分の文章をよくネットに発表してたりするけど
そういう文章は勢いで書くと、同じように客観的に見て無意味な内容になってて(でも露出癖に似たものがあるんだろうな、登録しちゃう)、結局自分以外注目されずに流れていくだけ
自分が「実は自分が話しているのは日本語に似た何かで、日本語ではないのかもしれない」とよく感じているのは、頭ごなしに書いてしまうと自然と意味の無い文章になってしまうからで、
こうなってしまうのは文章力並びにコミュ能力の致命的な不足なのだろうか
意識して詳細に書いてみたらブックマークが20ぐらい来てたけど、そういうのは是非とも参考にしつつ、同時になんか申し訳ないなと思ったりもする