病院。
医師からはもう30分も持たないと告げられた。
家族はずっと側に寄り添い、今にも泣き出したい気持ちを抑えて笑いかける。
友人は笑って最期を迎えてもらおうと、笑い話しや思い出話しを続ける。
1時間が経った。
しかし確実に彼女の容態は悪くなっていく。
誰もが「その時」が来るのを覚悟し始めた・・・。
家族も友人も話しかける言葉を失い、ただ重い空気が流れる・・・。
・・・・・・・・・・。
か細く、今にも途絶えてしまいそうな声で。
「・・・でていって。」
さらに重い空気が流れる。
「本人の意志を尊重しましょう。」
少し震えた小さいその言葉は、医師のものか他の誰かのものかは分からなかった。
その言葉に従ってか、重い空気から解放されたかったのか、一人ずつ病室を後にしていく。
他のみんなに合わせてオレも病室を出て行こうとした。
彼女の方が3年遅く入社してきた。
同じ所属ではあったけれど、一緒に仕事することもなく、それほど親しくもない。
ただそれだけの関係―――
病室を後にする前に、彼女の方を振り向いた。
彼女は出て行くみんなをじっと見ていた。
いや違う、みんなではなくオレを見ていた。
でも、目が合うとすぐに顔を伏せた。
オレは立ち止まり、一人だけ病室に残った。
初めて仕事以外の話しをしたかもしれない。
彼女が楽しそうに話してくれたからか、オレも気を許してたくさん話した。
でもやっぱり先輩後輩。
それ以上の感情はない。お互いに。
ただそれだけの関係―――
―――笑いながら話してくれた、恋愛話のひとつ。
「私、好きな人がいるんですけど、絶対自分からは言えない。
たぶん死んでも言えない。」
「でも、ホントに死ぬ時になったら言えるかも。
うーん、それでもやっぱり言えないかなぁ。」―――
オレは何も言わずに、彼女の方へ近づいた。
驚いていたけど、すぐにあの時の笑顔になった。
彼女の手を握った。
・・・あたたかい。
体温だけではない、あたたかさが伝わってくる。
オレも笑った。
・・・医師に怒られるだろうか。
・・・家族に何と思われるだろうか。
そんなことを考える間もなく、彼女のベッドに入って、彼女の横に座った。
手を握るよりももっとあたたかさが伝わる。
これが今まさに死のうとしている人間のあたたかさだろうか。
いや、その時のオレは彼女が死ぬなんて考えてもいなかった。
ただ顔を見合わせて笑っていた。
もう動かすのもつらいその体で、オレの頬にキスをしてくれた。
そして、ほとんど聞こえないくらいの小さな声で
「ありがとう。」
と言ってくれた。
そして、もうひと言。
聞こえなかったけど、たぶんこう言ってくれた。
「すき」
オレもこたえた。
「言えたね。・・・オレも好きだよ。」
彼女は、少し泣きながら、また笑った。
そして、オレの肩で永い眠りについた・・・。
親の愛情よりも友人の友情よりも、・・・ただ一人の男。
彼女の「最期の想い」にこたえられたのだろうか。
あと30分持たないのに、随分元気な彼女ですね。 そりゃ、漫画とかだと妙に元気な人がいきなり死ぬけどねー。 と言う突っ込みをするのは無粋?