2008-10-10

死にゆく彼女の想い

26歳の若さ心臓病気を患い、死を目前にした彼女

病院

家族、友人、会社の同僚が駆けつけた。

医師からはもう30分も持たないと告げられた。

家族はずっと側に寄り添い、今にも泣き出したい気持ちを抑えて笑いかける。

友人は笑って最期を迎えてもらおうと、笑い話しや思い出話しを続ける。

時間が経った。

医師から告げられた時間はとうに過ぎた。

しかし確実に彼女の容態は悪くなっていく。

誰もが「その時」が来るのを覚悟し始めた・・・。

家族も友人も話しかける言葉を失い、ただ重い空気が流れる・・・。

・・・・・・・・・・。

その空気に誰よりも耐えられなかったのか、彼女が口を開いた。

か細く、今にも途絶えてしまいそうな声で。

「・・・でていって。」

さらに重い空気が流れる。

「本人の意志を尊重しましょう。」

少し震えた小さいその言葉は、医師のものか他の誰かのものかは分からなかった。

その言葉に従ってか、重い空気から解放されたかったのか、一人ずつ病室を後にしていく。

会社の同僚、友人。そして家族までも。

他のみんなに合わせてオレも病室を出て行こうとした。



―――オレと彼女会社の同僚。

彼女の方が3年遅く入社してきた。

同じ所属ではあったけれど、一緒に仕事することもなく、それほど親しくもない。

もちろん恋愛感情を抱く対象でもなく、単なる先輩後輩。

ただそれだけの関係―――



病室を後にする前に、彼女の方を振り向いた。

彼女は出て行くみんなをじっと見ていた。

いや違う、みんなではなくオレを見ていた。

でも、目が合うとすぐに顔を伏せた。

オレは立ち止まり、一人だけ病室に残った。



―――いちどだけ職場の食事会で彼女と隣の席になった。

初めて仕事以外の話しをしたかもしれない。

趣味の話し、遊びの話し、学生の時の話し。そして恋愛の話し。

彼女が楽しそうに話してくれたからか、オレも気を許してたくさん話した。

でもやっぱり先輩後輩。

それ以上の感情はない。お互いに。

ただそれだけの関係―――



一人病室に残ったオレは、その時の彼女言葉を思い出した。



―――笑いながら話してくれた、恋愛話のひとつ。

「私、好きな人がいるんですけど、絶対自分からは言えない。

 たぶん死んでも言えない。」

「でも、ホントに死ぬ時になったら言えるかも。

 うーん、それでもやっぱり言えないかなぁ。」―――



オレは何も言わずに、彼女の方へ近づいた。

うつむいていた彼女は、オレの存在に気がつくと驚いた。

驚いていたけど、すぐにあの時の笑顔になった。

彼女の手を握った。

・・・あたたかい。

体温だけではない、あたたかさが伝わってくる。

オレも笑った。

単なる先輩後輩ではなく、一人の女性として意識していた。

・・・医師に怒られるだろうか。

・・・家族に何と思われるだろうか。

そんなことを考える間もなく、彼女のベッドに入って、彼女の横に座った。

手を握るよりももっとあたたかさが伝わる。

これが今まさに死のうとしている人間のあたたかさだろうか。

いや、その時のオレは彼女が死ぬなんて考えてもいなかった。

ただ顔を見合わせて笑っていた。



 突然、彼女キスをした。

もう動かすのもつらいその体で、オレの頬にキスをしてくれた。



そして、ほとんど聞こえないくらいの小さな声で

 「ありがとう。」

と言ってくれた。



そして、もうひと言。

聞こえなかったけど、たぶんこう言ってくれた。

 「すき」



オレもこたえた。

 「言えたね。・・・オレも好きだよ。」



彼女は、少し泣きながら、また笑った。

そして、オレの肩で永い眠りについた・・・。




親の愛情よりも友人の友情よりも、・・・ただ一人の男。

彼女の「最期の想い」にこたえられたのだろうか。

  • あと30分持たないのに、随分元気な彼女ですね。 そりゃ、漫画とかだと妙に元気な人がいきなり死ぬけどねー。 と言う突っ込みをするのは無粋?

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