2008-09-22

事実認識っぽい言い方で価値判断するのやめて

「鯨は哺乳類である」というのと、「中絶殺人である」というのとは、違う。

前者はたんに事実記述したものだが、後者価値判断である。

殺人という言葉には、通常、すでに「倫理的悪」という意味が織り込まれているからだ。

殺人」の定義を厳密化しようとしても、虚しい。

――殺人とは「人間」を殺すことである。

胎児は(まだ)「人間」ではない。故に中絶殺人ではない。――

とか言ってもね。今度は「人間」の定義でもめるわけだ。

中絶殺人である。(殺人は悪であり、故に中絶も悪である)」って言わずに、

どうして、ただ「中絶は悪である」と言わないのだろうか。

もしも殺人という語を価値判断的でなく(哺乳類みたいな言葉と同様に)

分類として用いるならば、

「一般に殺人は悪であるが、妊娠という特殊な殺人は例外的に悪ではない」

なんて主張しても可ですね。

とにかく、まどろっこしい言い方は避けたいですよね、というお話

グーグルストリートビューの話でも、「あれは盗撮だ」って言って批判する人がいたけど、

「盗撮」の定義だって議論の余地のありまくる話なんだから、

そういう言葉遣いはやめて欲しいと思った。

被写体の許可を得ずに撮影すること」自体が悪である、なんてことは無いでしょ。

いや、そう主張するならばそれでもいいけど、

道徳的に許されない撮影方法」として盗撮を定義するなら、

はっきりそう書いてくれないと、議論のたたき台としても弱い。

まあ、もっと言えば、「道徳的に許されない」けど、

それでもやるべきことだって、存在しうるんだけども。

上で挙げた二つの例は、どちらも分類の名称と見せかけて、

そこに道徳的に劣った行為であるという価値判断を滑り込ませるってパターンだけれども、

もうちょっと込み入った例もある。

非モテ精神疾患だ」ってヤツだ。

このフレーズは我々を

「自分の力ではどうしようも無いくらいに劣った者」として描くと同時に

「嘲笑されてしかるべき者」として抑圧する。

この背景にあるのが、精神疾患に対する差別偏見であることは言うまでも無い。

ある種の病名は、ネット上では罵倒語として用いられ、

また一方では病気を自称するものに差病の疑いが向けられる。

「かわいそうな弱者」と認定すると同時に

差別されるに十分な理由があるから差別してもよい者」として叩かれる。

問題にすべきなのは、発話者の意図では無い、とすら言ってよい。

ディスクールの分析こそが、我々はてな非モテの戦場となるだろう。

  • 殺人という言葉には、通常、すでに「倫理的悪」という意味が織り込まれているからだ。 例えばこれが事実認識っぽい言い方での価値判断ということかな。

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