2008-08-08

或る阿呆の顛末

高校生のときは、公務員になって安定した生活をしようと思っていた。入った地元大学文系経済学部だった。

サークル活動に明け暮れて、公務員試験勉強なんてまったくしなかった。

そして、システムエンジニアという職業のことを知った。

文系大学出身でも活躍できます!」

そんな甘い言葉が、求人広告に踊っていた。

趣味インターネット。ただパソコンを触るのが好きだった。パソコンを専門に扱う仕事に、漠然と憧れを抱いていた。

プログラミングの経験なんて、勿論なかった。

それだけの理由で僕はSEになった。

その言葉の裏に隠されている意味に、目をつむったまま。

僕は従業員200人くらいの中小企業に、SEPGとして入社した。

研修で、初めてプログラミングに触れた。正直、何が楽しいのかわからなかった。

当たり前だ。興味なんてはじめからなかったんだから。ただSEという肩書きに、惹かれただけだったんだから。

研修で、プログラミングは殆ど覚えることができなかった。

その後、僕は行き当たりばったりの仕事をした。ソースコピーして貼り付けるか、教えて君になって先輩に聞いてばかりいた。

「お前には向上心が無い。」

先輩は僕に向かってそう言った。

それから、体調不良を理由に会社休みがちになった。

同期とも距離を置いた。自分より遥かにできる、まばゆいばかりの彼らが、僕の目に鋭く突き刺さった。

そして、たった1年で会社を辞めた。

僕は今、適応障害と診断され病院に通っている。

僕は努力をしなかった。ただそれだけだ。

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