2008-04-03

牛丼食いながら新社会人について思ったこと

いつもの仕事帰り、明日の朝が早いので晩飯をさっさと済まそうと思い吉野家に入ったら俺の分の牛丼が既にできていた。

な、なにを言ってるか(ryと思ったのだがどうやら勘違いだったようで、個数を間違えたところにたまたま入っただけらしい。店員は牛丼をキッチンへ運び、注文を取った。

この時点である程度予測できていたものの、俺は牛丼を頼む。そして間違えた分の牛丼が俺の元に届いた。無言で。

「作り置きを出すのか?」

俺は指摘した。

まあ、その後はどうでもいい。というか、ぶっちゃけそんな事はどうでもよかったんだ。

作り置きでも全然構わなかった。たかだが1分2分だし、牛丼なんだし。

俺が何故わざわざそんな事を言ったのかというと、ただ一つ。

「その説明をしなかったから」

だ。

なぜ店員は説明しなかったのだろうか?

俺は一部始終を見ていた。だから、俺がこれが作り置きだと知らないとは思わないだろう。ならば可能性として、

1.説明する事が面倒くさかった

2.既に同様のミスを繰り返している為に、作り直しを依頼しづらかった

3.他の店員・客にミスがばれないように知らん顔した

4.俺のことを作り置きの牛丼を出しても文句を言わない人間だと思った。

と言うようなことが考えられるが、いずれにしても問題のある行動だと思いつつそれに対して何の配慮もしなかったと言うことだ。

俺はそれが許せなかった。

作り置きを出すと言う行為ではなく、作り置きを出すことを説明しないと言う意識が許せなかった。

ここで話は飛ぶが、と言うか前置きが長くて申し訳なかったのだが、今話題のIT業界に来た新社会人に本音を言っておく - ksh Daysについて。

既に指摘されているが、これらの条件を初めから満たしているエンジニアなどごくごく僅かだろう。

新人がこれを見て思って欲しいのは、悲観して無気力になる事でも、開き直って逆ギレすることでも、過剰に適応しようとして潰れることでもない。

これをただ事実と捉え、自分に足りない事だと認識し、補っていこうと「適度に」思うことだ。

その意識を持ち続け、そうなりたいと考えながら日々仕事をしていれば、自然とこれらの事は出来ていくようになるだろう。

今、出来ない、もしくはやって出来なかったと言う事はまったく問題ない。

「出来るようになろう」と意識することが大切だ。

出来ないことを踏まえたうえで努力しようとせず、ただ社会が悪いだの教育が悪いだの先輩が悪いだのと他責的にしか考えない人間は本当に、本当に成長しない。

例え月400時間以上働こうとも、何十年経とうとも。

  • 成長なんてしたくないし。首にしたければ首にすればいい。そおゆう生き方をしている。

  • 誰もあなたの生き方なんて聞いてませんが? こういうちょっとでも説教じみた文章を見ると、すぐに狭量な個人的立場を表明したがる。 スイーツ予備軍の高校生とかに多いんだよな。

  • 自分が牛丼屋の店員だったとして・・・ あ??ミスッたよ、どうしよ。あ、今の見てたかな?見てたよな?? でもどう言おうか。いやいや、言う言葉なんてないだろ。素直に言ったら言った...

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