2008-03-01

はじめて自分でおべんとうを作った。後編

これの続き。

1時。いつもなら、昼飯の時間だ。でも、今日はお弁当時間だ。

すこしドキドキしながらしばらくぶりにすっかり冷めたお弁当の蓋をあける。

本当にいつ以来だろうか。中学校以来じゃなかろうか?

その上今回は自作だ。不安と期待で胸が高鳴る腹が減る。

べジ・ハンバーグをかじる。

ああ、この感触。冷めているけれど、冷たくはない、ゴムのような、それでいて甘美な食感。

まさしく、これぞお弁当ハンバーグの味だ。

惨めなような姿でいて、なのにこんなジューシーな肉の味を保て・・・肉?

おかしい。

ベジタリアンハンバーグってのは肉入ってない代物のハズだ。それなのに・・・肉の味?

パッケージ間違えたか?いや、でも、あの時確かに・・・

きっと匠の技を持つミートホープ製の食品だったのだろうということにして、無理矢理納得させる。次だ。

次。

卵。

卵の味がした。以上。

そして、米だ。ご飯だ。お弁当といえばこれははずせない。

たとえ貧しくても日の丸弁当にはお米が入ってる。

江戸時代の地方人は米を食いに江戸に集って100万都市にしたのだ。

米がなくては弁当でなく、弁当でなくては米ではない。

というか、弁当は米そのものだ。米=弁当なのだ。

さっそく、ありあまる大量のふりかけをかけ・・・と、その前にレタスバーガーをのけなくては。

何の感慨も抱かずにレタスを口に放り込む。弁当におけるブロッコリー的な位置にあるこのレタス

本来なら口に入れてやるだけでも感謝してもらいたいくらいだ。

甘い。

なんだ、この甘さは?

昨日、やきそばといっしょに焼いた時はあんなに苦かったじゃないか?

それなのに、何で?生なのに?

雑魚だと侮ったのがいけなかった。

気づくべきだったのだ。

彼だって、長年世界中の食卓で一線をはってきた歴戦の「たべもの」だったのだ。

敗北感に打ちひしがれながら、米にふりかけをかける。

食らう。そして、肉を食う。もう肉で良いや。

米、肉、米、肉、米、とローテーションで食う。

そうだよな。

弁当っていうのはさ、そうなんだよな。

ただ、美味しけりゃいいんだ。

そうだろう、レタス

からっぽになった弁当箱をゆっくり閉じる。

箸を戻す。

そして、ありったけの情熱の込めて、言う。

「ごちそうさま」と。

夜はシーフードカレーだ!

記事への反応 -
  • 書き始めたら、やたら長くなったので二分割。 自炊生活をはじめて結構経つが、今まで自分でお弁当を作ったことがなかった。 と、いうのも、朝に「朝食作り??昼の弁当作り」というパ...

    • これの続き。 1時。いつもなら、昼飯の時間だ。でも、今日はお弁当の時間だ。 すこしドキドキしながらしばらくぶりにすっかり冷めたお弁当の蓋をあける。 本当にいつ以来だろうか。...

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