一定の年齢になっても、何か「トクベツ」なものやひとができなかったら、そのときはもう、がんばらないって決めている。
しんどくてしんどくてしんどくてこのままだと心が壊れそうだって思ったとき、そう決めたら楽になった。
自分からいなくなってしまった人がまわりにけっこうたくさん居て、そのときの自分とおなじ思いをさせるのか、と友人にいわれてから、自分で破滅も選べないし、かといってしんどいし、思考の行き場がなくなってしまって毎日つらかったんだけど、終わりを決めたら楽になった。
一定の年齢になったときに、何か「トクベツ」なものやひとができて、そこにしがみつけたら、たぶんそれはそれでいいことだと思う。もしそこにたどりつくまでに何も持てなかったら、そのときは終わってももういいだろう。
でもいまのところ、やっぱりからっぽ。
反「すっぱいブドウ」メソッドというか、潔く諦める心のもちようって大切だね。 いつまでも「自分探し」を続ける人にはなりたくない。
そう。 自分はいつまでも自分を探すつもりだけど。いくつになってもわかりゃしない。まあいつまでかはわからないが。