運転者は常に数tの鉄の固まりを、人間が素では出せない高速度で人間の近くをぶっ飛ばしています。
想像してみてください。体格数tで全身針鼠状の大男が常に高速で人混みを走り回っている状況を……そう、運転者とは、運転者になった瞬間から潜在的に殺人者になる可能性を持つのです。その点で、運転者の引き起こす「事故」に通常の人間の犯罪と同じ基準をあてはめることの間違いが見えてくると思います。
運転者は運転者では「無い」状態になることも選択できます。我々はいきなり人間であることをやめるワケにはいきませんし、人間である以上常にベストコンディションであるとは限らない。だから、「普通の状態ではない状態」になってしまったとき罪を犯してしまったら、本人も望んでそうなったわけではないのだから、いくらか責任は割引いてあげよう…というのは理解できます。しかし運転者は運転者で「無い」状態になることはできないわけではありません。運転者たることが最初に述べたような「潜在的に殺人の可能性を多く持った存在」になることを意味する以上、運転者には当然のようにベストコンディションであることが求められますし、それを怠って「普通の状態ではない状態」になっていたとしたら、そんな状態で運転をした責任自体が追求されるべきであるというのもまた理の当然で、「免許」ってつまりそういうことだし、免許を受けたプロである以上コンディションを整えていなかったとしたらそれには責任を負うべきだ、というのが原行の運用なのだと思います。
ちなみに、その意味では、事故後の救命措置を怠って逃亡した場合の罰則(と悪意の推認)を厳しくするのは賛成です。
以下、産業。
・だから要するに「飲んだら乗るな」。
・『逃げたら死刑』には同意。
http://www.asahi.com/national/update/0108/TKY200801080043.html この判決に関して、受け取った人それぞれに意見があると思う。 「妥当だ」「甘すぎる」みたいな話は抜きにして、単純に疑問に思う点が...
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