2007-12-04

絶望はいつも隣にいた

彼女狂人のごとく毎日過ごしていた。眠る時間は一時間に満たない日々が続いた。トイレにいっては吐き、食べ過ぎては下し、水を飲んでは吐き、薬を飲みすぎてふらふらになり、恋人にもう嫌だもう嫌だ!と叫び、気付いたら髪の毛を抜く癖があって、頭皮にはいくつもかさぶたができていた。それでも本人は正常だと信じ込んでいた。正常であると確信していた。旗から見ればどう考えてもくるっているようにしか見えなかったであろうが、本人はそう信じ込んでいた。丈夫だったせいか熱が40度を越えても、一週間何も食べれなくても貧血でふらふらしていても、それでも仕事はできていた。日常が送れてしまっていた。強い人だった。いや、弱い人だと言い換えたほうがいいかもしれない。彼女は自分が「正常である」という確信にしがみつき、そこから離れられなかった。怖くて毎日がたがたと震えていた。「正常である」という確信が崩れ去ることが怖くて、毎日毎日狂人のように努力をして日常を作り上げていた。完璧な日常を。

表立ってはにこやかで優秀でそつなくなんでもこなしているようで、しかしそれなりに愛嬌があり少し間が抜けている部分もあり、アドリブが効いてさらりと面白いことをいって見せることができた。それでもその裏側で起こっているのは目を背けたくなるような「正常」だった。彼女はそれを奪われることを何よりも恐れていた。「正常」は「絶望」に等しかった。絶望彼女を駆り立てていた。絶望彼女を救い上げていた。ぎりぎりのところで。絶望彼女を引き止める最後の糸だった。細い、今にも切れてしまいそうな。

絶望は時に、人をさらに深い闇に落ちるのをとどまらせる。人は簡単にその状態にいる人間を狂っているという。だがしかし、さらに深い闇を覗き続けていた彼女からすれば、絶望ですら優しい救いの光であっただろう。そこからさらに深いところへ落ちていく恐怖はわかるまい。その闇を覗き込んだことのない人間には。その瞳に映っている陰を見たことのない人間には。光の差し込まない、陰にこもる瞳を覗き込めば、深い闇はそう遠いところにあるわけではないことを知るから。

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