まあちょっと信じられない話かもしれないけれど、大学の同期の友達から聞いた話をしたい。本人に許可は取ってきた。
仮にその友達の名前をノリオとしておく。
ノリオはいわゆる育児放棄をされていた子供で、両親は健在なのだが小学校を出るまで親戚の間をたらい回しにされていた。そのあたりの事情はあまり聞いていない。
小学校を卒業してからは宮崎のお婆さんの家に預けられ、高校を出るまでそこにいた。
お婆さんは一人暮らしでつつましい生活をしていたけれど、その分ノリオをかわいがってくれたので、その間は彼にとってもそれまでにない幸せな期間だったらしい。
大型の台風がその地方を直撃して、様々な被害が出たという。
その中のひとつが、ノリオのお婆さんの家だった。
大雨で地盤が緩んで起きた土砂崩れのせいで、ノリオとお婆さんは家ごと土砂に埋まってしまったのだ。
ノリオが気がついたときには真っ暗な中何もわからず、息だけはできたものの、まったく身動きが取れなかったらしい。
寝ている間にそういうことになったので状況すらわからず、すぐにパニック寸前になったとき、お婆さんの声が聞こえてきたんだそうだ。
「ノリオー、大丈夫かー?」
「ノリオー、どこか痛くにゃあか?」
ああ、婆ちゃん無事なんだ、と思ってノリオも安心した。
「婆ちゃんこそ大丈夫?」
「どこも痛くないよ。婆ちゃんこそ怪我してない?」
とか何とか、しばらく真っ暗な中で会話して、お互い励ましあって心細いところを紛らわせているうちに、約十時間後やっと救助されたようだ。
瓦礫の下から助け出されてすぐ、ノリオは気を失ってそれから丸一日眠り続けたらしい。
病院で目が覚めてから少しして、落ち着いてきたノリオに告げられたのは、事故の概要と、お婆さんの死だった。
気が遠くなるような絶望だったそうだ。
「お婆さんは即死に近い状態だったようで、君に続いて発見された時には、もう」
即死のはずがない。
生き埋めになってから随分、婆ちゃんとは話してたんだ。
そう主張してみたが、医師にはやんわり否定された。何かの間違いだ、と。
じゃあ一体誰と会話していたというのか。
後になってからどうしても気になったノリオは、自分を救助してくれた消防団の人に話を聞きに行ったそうだ。
最初は渋っていたその人から何とか聞き出した話によると、お婆さんは天井の梁の下敷きになっており、さらに泥に埋まっていてとても声が出せる状態ではなかったという。
ノリオは疲労している以外は幸運にも怪我はほとんどなく、すぐに退院できた。
近くの親戚の助けでお婆さんの葬儀を済ませて、半年間これまた親戚に援助してもらって高校を卒業したノリオは、推薦で大学へと進学した。
この話を聞いたのは俺の下宿でサシで呑んだ時に何かのはずみから話題が怪談になって、それでノリオが話してくれたのだ。
聞いてみて正直なところ、夢かあるいは極限状態での幻覚なんじゃないかなという気もする。
でも、ノリオ自身はあの時眠ってもいなかったし幻覚でもないと言う。確かにあれは婆ちゃんだった、と。
本人がそう思っているのならそれが真実なのかもしれない。
そうならば、お婆さんは本当にノリオをかわいがっていたのだな、と思う。
ひょっとしたら事故のとき怪我がなかったのだって、お婆さんが守ってくれたんじゃないかな、という気さえしてくる。
余談だが、卒業後ノリオは中学校の教師になった。教師になれば奨学金を返還しなくていいからだ。
勉強会で知り合った同じ県の教師と付き合いだして、今日がその人との結婚式だった。さっき帰ってきたところ。
今まで苦労した分、幸せになってほしいと思っている。