駅の線路で男の人が頭から血を流して倒れていた。夜の無人駅で周囲には誰もいない。俺が助けるしかなかった。
怖かった。なにが怖いって当時は少年が公務員を線路から突き落としたって話が世間では持ちきりだったからだ。自分が犯人扱いされるのが怖かった。
でも男の人が何かうめいていた。思考は吹っ飛んで119番。アタフタしていて何を言ったのかすら覚えていない。
近くにおじさんがたまたま通りかかって、こっちに来てみると何か慌てている若者と男性が線路で倒れているというシチュエーション。
考えれば「どう見ても犯人です。本当にありがとうございました」ってなレベルだ。
人のよさそうなおじさんだった。そんなことは後から分かったことなのだが。夜の無人駅は暗い。暗くてどうなっているのかも分からない。
とりあえず何かおじさんは手馴れた感じで、俺と二人がかりで線路からその人を動かす。後から分かったことだがおじさんは介護の仕事をしているらしい。
救急車が来て警察が来た。電車はわずかに30分に1本だから、止まったところで大した問題にならなかったのは幸いだ。
その後で俺は警察の人から質問をたくさんされた。このときに最初の思考がよみがえってくる。
まあそのときは20分くらいして来た電車に乗り、そのまま帰ったわけだが。
その人は助かり、俺は後から表彰された。別に表彰されること自体はどうでもよかったのかもしれない。
ただ、おじさんに「ありがとう」と言いたかった。
そのときに聞いた話だけれど、最近は俺みたいに通報する人は少ないらしい。見て見ぬふりをする人が多いんだそうだ。
そうして助かったはずの人が何人も、いや数えられないくらい死んだのかもしれない。
理由は色々とあるのだろう。俺と同じ理由かもしれないし、単に面倒くさいからかもしれない。どうなんだろうな。
でもこれって、俺も含めてみんな動物になっているってことなのかもしれない。ひたすら冷徹に考えれば、通報したのが正しかったのかはわからないけれど。
そうじゃないんだ。感情の方がよっぽど人間にとって大切な持ち物だと知ったような気がした。
昔がよかったとか言うつもりはない。昔のことなんてどうでもいい。
ただ。みんなも一分の優しさでもあるならば。そんなときには通報してほしいんだ。