2008-12-27

理屈と感情のあいだ

理屈的と感情的の間にある、ちょうどいいバランスの取れる場所を探している。

感情や本能理屈で説明しようとする人が多々いる気がする。

ひどいのになると「赤ちゃんがかわいい」ことについて理屈を求めたりする。

(学問の分野としてはもちろんありだけど、日常会話でそれってどうよ?)

理屈が先行、暴走するのはよくあることだし、俺も時々そうなるときはある。

例えば、女性のよく使う「生理的に無理」に理屈を当てはめてしまいたくなる。

生理的に無理ってなんだ?別にこいつ顔がキモいわけじゃないのになんでそんな風に感じるんだ?」的な。

あと、感情から出てるものに理屈をつけたしていく人とかもいるよね。

そうやってアジテートするのは2ちゃんとかでよくある。

(でも、理論ってのは主張に理屈をつけたしていってできたものだったりするんだよなぁ。)

男同士でもこうなのに男女になるとさらに難しい。

思うに、女性は感情という言葉を良く使うし、感情が生まれること自体を『手放しで』肯定する傾向がある。

かく言う俺も女性に「理屈的すぎる」とか、もっとすごい言い方だと「俯瞰的すぎる」とか言われたことがある。

俯瞰的すぎるってなんだよそれー!

理屈と感情のあいだでうまくやっていくにはどの立ち位置が正しいんだろうね。

  • 感情とは現に感じた紛う事なき事実である。理屈とは感情を否定するものではなく、この、心に生じた感情を言葉とするためのものである。 したがって、間違っているのは感情ではなく...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん