2008-10-28

表現の自由に仇なすもの

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200810240292.html

上記より引用

表現行為をするにあたり、市民の反発を招き、逆に表現の自由規制する風潮を生みかねないとの懸念を持ちませんでしたか。


ちげえよ、ばかっ! このばかばかばかっ!!

こういう一見ものわかりよさげな主張が一番危ないんだよね。

こいつは仮にもジャーナリストの端くれのくせに「表現の自由」をまったくわかってない。

Chim←Pom が空に「ピカッ」を書くが自由なら市民がそれに抗議し批判するのも自由に決まってるだろ。

彼らが世間の「風潮」やら空気やらを読んで、批判されるかもしれないしやめようぜ、と考えるのは自由だ。

がしかし、それと表現の自由はまったく関係ねえだろ!

だいたいこの主張の根本論理だけ取り出したらエロゲ規制派の論理とまったくいっしょじゃねえか。

そもそも表現の自由とはなにかっていうと、アイザイア・バーリンが言うところの「××からの自由」ってやつだ。

free だ。sugar free とか smoke free とかの free だ。

もちろん、表現の自由は「表現からの自由」ではない、「表現についてのなにかからの自由」だ。

なにかとはなにか?

資本

マルコポーロ事件に見るようにそれも無視できない。

日本においては世間の空気ってやつもなかなかバカにできない。

しかし、そんなのは二の次三の次である。

表現の自由の最大の敵とはなにか。

それは国家である。

また古くさい左翼理論か? いまどきそんな国家観古いって?

違う。

実際いまわれらが日本政府表現の自由ちゃんのかわいいボディにその薄汚い手を伸ばし彼女を犯そうとしているではないか。

児童ポルノ禁止法改正によって!

そして、もしかすると二番目の敵は上記の記者のような無理解かもしれないのだ。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん